“にせ手根管”を見抜く:頸肩由来の手のしびれ評価と治療

概要

手や指の痛み・しびれ・こわばり・灼熱感・むくみがあると、すぐ**手根管症候群(CTS)**と決めつけられがち。
しかし臨床では、**斜角筋・上腕筋・前腕筋のトリガーポイント(TP)胸郭出口(TOS)**のうっ滞・圧迫が“手根管風”の症状を作っているケースがかなり多い。まず近位(首〜肩〜胸郭)から疑って順に潰すのが鉄則。


手根管だけが犯人じゃない:よくある誤作動ポイント

  • 斜角筋(前・中):TPで短縮→第一肋骨を引き上げ、鎖骨下の神経血管束を圧迫
    → 手指のしびれ/疼痛、むくみ(静脈・リンパ還流低下)を誘発しやすい。

  • 小胸筋:肩前方牽引で胸郭出口を狭める。長時間の猫背・PC作業で悪化。

  • 上腕筋・三頭筋・烏口腕筋・回外筋・円回内筋・前腕屈伸筋群
    神経・血管の途中“締め付け”やTP関連痛で手背〜手掌〜指先に症状を飛ばす。

  • 本当のCTS(正中神経の手根管内圧迫)
    夜間・早朝のしびれ、母指球萎縮、巧緻運動低下が進行すると手術適応を検討。

ポイント:むくみ→手根管狭小化→症状増悪という二次的CTSも多い。
原因が近位(TOS/筋緊張)なら、手根管だけ処置しても再発しやすい。


症状の見分け方(ざっくり指針)

  • CTSらしい

    • 夜間/早朝に母指〜環指橈側のしびれが強い

    • **Phalen/Tinel(手関節)**で再現、母指球萎縮あり

  • TOS/近位由来らしい

    • 肩〜頸の張り/痛みが強い、姿勢で増悪

    • EAST(ロースー)/Adsonで症状再現、上肢挙上でむくみ

    • 斜角筋・小胸筋の圧痛/TPで手症状が飛ぶ


評価プロトコル(上流から下流へ)

  1. ヒストリー:PC/反復作業、抱っこ/荷重、睡眠姿勢、夜間痛の有無

  2. 観察:頭部前方位、肩前方化、胸郭の左右差、手背のむくみ

  3. 触診:斜角筋/小胸筋/上腕筋/前腕筋のTP、第一肋骨の高位

  4. テスト

    • 近位:EAST/Adson、ULNT(正中神経)

    • 遠位:Phalen/Tinel(手関節)

  5. 鑑別の要点近位が陽性なら近位を先に。遠位陽性のみ+萎縮進行ならCTS濃厚。


介入の優先順位(“近位→遠位→局所”の三層戦略)

① 近位うっ滞の解除(最優先)

  • 斜角筋のデロンギング:やさしい持続圧+鼻呼吸・長い呼気で交感神経を鎮静

  • 第一肋骨の下制誘導:呼吸に同調したソフトモビリティ

  • 小胸筋の長さ回復:肩前方化を戻す(壁角ストレッチ/ドア枠)

  • 姿勢セット:胸郭アップ、軽い顎引き、キーボードは近く・肘90°

② 伝導路の滑走回復

  • 神経ダイナミクス(正中神経)グライディング優先(テンショニングは後段階)

  • 前腕屈伸筋のTPリリース:前腕の“締め付け”を外し、腱の滑走を取り戻す

③ 局所(手根管周囲)の混雑緩和

  • 腱滑走(Tendon gliding):フック→ストレート→フルフィストのセット

  • 浮腫ケア:手関節の軽度ポンプ運動、前腕から心臓方向へのやさしいストローク

  • ナイトスプリント:夜間しびれが強い場合に軽度背屈位で手根管内圧を低下

手術を急ぐ前に:近位アプローチ+神経/腱滑走+ナイトスプリント数週きちんと。
それでも母指球萎縮が進行感覚脱失が固定する場合は整形外科に相談


自主トレ(患者指導にそのまま使える)

  • 1日3セット(各10〜20回)

    1. 鼻呼吸+長い呼気(座位で肩を下げ、鎖骨周りを“広げる”意識)

    2. 胸郭アップ座位第一肋骨ゆらし(吸気で肩甲帯を軽く後下方)

    3. 正中神経グライド(痛み0〜2/10範囲、しびれは残像を残さない

    4. 腱滑走3種(痛みのない範囲で滑らかに)

  • 仕事術:手首は反らし過ぎない、マウスは近く肘は肘掛けで支持
    45–60分に1回肩甲帯ロール胸開き


クリニカル・アルゴリズム(超簡易版)

  1. むくみ/夜間痛/斜角筋TPあり?近位を先に(斜角筋・小胸筋・姿勢・呼吸)

  2. グライディングで軽快? → 継続+前腕TP処理

  3. 母指球萎縮/感覚脱失の進行 → 速やかに専門医へ(手術適応を含め評価)


ミニFAQ

Q. まずどこからほぐす?
A. **斜角筋から。**ここが開かないと末梢はすぐ“再混雑”。

Q. 手根管手術で全部解決する?
A. 原因が近位なら再発。手術は“出口(末端)”の拡張で、上流の渋滞は別途解消が必要。

Q. 神経モビは痛いほど効く?
A. 逆。0–2/10の心地よい範囲でグライド優先。しびれの“尾”が残る刺激はNG。