解剖学的な特徴と役割
上腕二頭筋は、二つの起始部を持つ筋です。
- 長頭(LHB): 肩甲骨の関節上結節および上方関節唇から起始し、関節内を走行します。その後、**結節間溝(大結節と小結節の間)で走行方向を約90°変えて上腕骨前面へと向かいます 。この方向転換部では、烏口上腕靱帯(CHL)や上関節上腕靱帯(SGHL)などによるプーリーシステム(腱滑車)**によって安定性が保たれています 。
- 短頭: 肩甲骨の烏口突起から起始します 。
- 主な作用: 肘関節の屈曲と前腕の回外ですが、長頭は上腕骨頭を上方から抑え込む**下制作用(スタビライザー)**を持ち、肩関節の安定化に寄与しています 。
発症のメカニズム:なぜ「摩擦」が起きるのか
長頭腱が炎症を起こしやすいのは、その解剖学的な「構造の脆さ」に起因します。
- プーリー部のストレス: 結節間溝での急激な方向転換により、腱には常に摩擦や圧縮応力が加わっています 。
- アライメントの崩れ: 肩甲骨の外転・前傾(プロトラクション)や小胸筋の短縮、後方関節包の拘縮が生じると、上腕骨頭が前上方へ変位します 。これにより結節間溝での摩擦が増大し、微細損傷を繰り返します 。
- インピンジメント: 腱板(特に棘上筋や肩甲下筋)の機能低下があると、骨頭の求心位が保てず、肩峰下や烏口突起下で腱が挟み込まれる現象が生じます 。
主な症状と評価指標
1. 主な症状・所見
- 局所痛: 結節間溝部(肩前面)の明確な圧痛 。
- 収縮時痛: 抵抗下の肘屈曲や前腕回外、肩関節屈曲時に痛みが増強します(ドアノブを回す、重い物を持ち上げる動作など) 。
- 併存症状: 腱板断裂(特に肩甲下筋のhidden lesion)を合併している場合、挙上時の引っかかりや、虚血による鋭い夜間痛を伴うことがあります 。
2. スクリーニングテスト
- ヤーガソンテスト(Yergason test): 肘90°屈曲・前腕回内位から抵抗に抗して回外。肩の過伸展位で行うと、結節間溝への圧縮ストレスが高まり、より鋭敏に疼痛が誘発されます 。
- スピードテスト(Speed test): 肩関節軽度屈曲・前腕回外位で、上肢を下方へ押し下げる抵抗に抗して保持します 。
- 鑑別診断: SLAP損傷(上方関節唇剥離)との鑑別には、O’BrienテストやCrankテストが用いられ、深部のクリック感や引っかかりを確認します 。
理学療法と保存的アプローチ
1. 痛みのコントロールと負荷管理
- 炎症期: 相対的な安静。痛みを引き起こす特定方向の動き(特に重負荷での回外や過伸展)を回避します 。
- 薬物・注射療法: 医師の判断により、ステロイドの腱鞘内注射やヒアルロン酸注入が行われ、疼痛の悪循環を遮断します 。
- 術的介入の検討: 保存療法で改善が乏しい場合や、腱の50%以上の不全断裂、腱板の重度損傷を伴う場合は、鏡視下での**腱切離(テノトミー)や腱固定(テノデーシス)**が選択されます 。
2. 姿勢再教育と運動学的な再建
- 肩甲帯の安定化: 下部僧帽筋や前鋸筋を強化し、肩甲骨の正常な上方回旋・後傾運動を取り戻します 。
- 軟部組織の柔軟性改善:
- 小胸筋・大胸筋: ストレッチや手技により肩甲骨の前傾を抑制します 。
- 後方関節包: 横方向の内転ストレッチ(Sleeper stretchなど)を行い、骨頭の前方化を防ぎます 。
- 腱板機能の強化: 棘下筋・小円筋、肩甲下筋の協調性を高め、骨頭を関節窩に引き寄せる能力(求心性)を再建します 。
3. 局所へのアプローチ(軟部組織ケア)
- 滑走性の改善: 結節間溝周囲や烏口上腕靱帯(CHL)周辺の癒着を、徒手的なリリースやASTR(Active Soft Tissue Release)を用いて改善します 。
- 遠心性トレーニング: 痛みが沈静化した後、組織の耐性を高めるために、少量から高頻度の遠心性収縮(耐えながら伸ばす動き)を導入します 。
セルフケアのポイント
- アイシングと温熱: 鋭い痛みや熱感がある際は10〜15分のアイシング。慢性的な重だるさには温熱が有効です 。
- 動作の工夫: 荷物を持つ際は体幹に近づけ、肘を脇に締めることで、長頭腱への「てこ」の負荷を最小限にします。
- 就寝時のポジショニング: 患側を下にして寝るのを避け、肩の後ろにタオルやクッションを置いて骨頭の前方突出を抑えるように支えます。
最終更新:2026-05-02


