大胸筋(pectoralis major)

大胸筋の概要

大胸筋の起始停止

大胸筋は胸部の表層に位置する大きな筋肉で、以下の3部位から構成されます。

  1. 鎖骨部(上部):肩関節の屈曲・水平屈曲・内転・内旋に関与。肩関節90°以上では作用が変化し、外転方向にも働く。

  2. 胸肋部(中部):主に肩関節の内転・内旋を担う。

  3. 腹部(下部):短縮しやすく、肩関節の内転や体幹の安定に寄与。

特徴として、白筋線維が豊富なため筋肥大しやすく、トレーニング効果が出やすい点が挙げられます。

基本データ

項目 内容
支配神経 内側・外側胸筋神経
髄節 C5-T1
起始 鎖骨部:鎖骨内側半
胸肋部:胸骨前面・第2–6肋軟骨
腹部:腹直筋鞘前葉
停止 上腕骨大結節稜(上腕二頭筋溝外側稜)
栄養血管 胸肩峰動脈 (胸筋枝)
動作 水平内転/内転/内旋
鎖骨部:
屈曲~60°
胸肋・腹部:挙上位からの伸展成分、呼吸補助
筋体積 676
筋線維長 18.7
速筋:遅筋(%) 57.342.7

角度別の作用(臨床目安)

肩のポジション 鎖骨部 胸肋部 腹部
下垂位 屈曲・内旋・内転 内旋・内転 作用小
90°屈曲位 水平内転 伸展成分+内転・内旋 伸展成分
90°外転位 主に水平内転(外転方向成分が混在し得る) 内転・内旋 内転・内旋

競技動作(投球・バッティング)では、水平内転・内旋+体幹回旋と連動して終末加速に大きく寄与。

触診方法

1.大胸筋鎖骨部(上部)

  • 鎖骨部:肩関節外転位から水平屈曲で触診

2.大胸筋胸肋部(中部)

  • 胸肋部:外転位から水平屈曲で触診

3.大胸筋腹部(下部)

  • 腹部:肩関節内転運動で触診

ストレッチ方法

壁や柱に前腕を当て、体幹を反対方向に回旋しながら肩関節を水平外転。

  • 外転60°:鎖骨部が伸張

  • 外転90°:胸肋部が伸張

  • 外転120°以上:腹部が伸張

また、外腹斜筋の緊張が大胸筋短縮と関連しており、背臥位での肩外転テストも有効です。

筋力トレーニング

ダンベルベンチプレス

  • 手幅広め:大胸筋を強調

  • 手幅狭め:上腕三頭筋を強調

腕立て伏せ(プッシュアップ)

  • 手を肩幅より広く、肘を外側に曲げて大胸筋を主動とする。

トリガーポイント(TP)

1.大胸筋鎖骨部(上部)

  • 主訴:前肩の重だるさと上腕前面〜肘近くへの放散、肩を前に出すとつっぱる感じ。

2.大胸筋胸骨部(中部)

  • 主訴:胸前面の局所痛+前腕尺側〜第4,5指方向への関連痛、深呼吸や水平内転での痛み。

3.大胸筋肋骨部(下部)

  • 主訴:前胸部〜前側胸部の鈍い痛みと、時に心臓痛様の違和感(心因性・狭心症様と誤認されやすい)。

筋膜連結(アナトミートレイン)

SFAL(スーパーフィシャル・フロントアームライン)
→ 大胸筋と広背筋が短縮すると肩挙上や外旋を制限。

FFL(フロント・ファンクショナル・ライン)
→ 大胸筋下縁から腹直筋・外腹斜筋を経て、対側の長内転筋に連結。投球・バッティングなどのパワー伝達に重要。


関連病態と姿勢

  • 随意性肩関節脱臼:大胸筋過収縮が前方不安定性に関与。

  • 肩関節拘縮:大胸筋緊張で肩前内方化→肩甲骨外転・胸椎後弯→最終挙上制限・インピンジメントリスク。

  • 姿勢介入は胸椎伸展・肩甲帯後退・肋骨運動をセットで。


運動貢献度(実用順)

  • 水平内転:大胸筋が最優位

  • 内転:広背筋+大胸筋(特に下部)

  • 内旋:肩甲下筋+大胸筋

  • 屈曲:三角筋前部+鎖骨部(~60°)

EMGは課題・負荷・角度で変化。指標として活用。


よくある質問(FAQ)

Q1. ストレッチ時間の目安は?
A. 20–30秒 × 3セット。長時間の座位・猫背習慣があるならこまめに行うと効果が出やすい。

Q2. 部位別に鍛え分けたい。
A. 上部=インクライン、中部=フラット、下部=ディップス/デクライン。可動域末期では肩甲骨の固定を意識。

Q3. ベンチプレスで肩前面が痛い。
A. 肩甲帯前方化・肘の開き過多・可動域不足が原因になりやすい。可動域改善(胸椎伸展/肩外旋)+グリップ幅調整レンジの見直しを。

Q4. 猫背で挙上が硬い。
A. 大胸筋短縮に加え胸椎後弯・肋骨下位の固定化が関与。胸椎伸展モビリティ外腹斜筋リリースも併用。


最終更新:2025-10-12