大腿骨転子部骨折の概要

- 転子部=大転子から小転子にかけた領域。ここより約5cm遠位を「転子下」という。
- 転倒時に最初に衝撃を受けやすいため、頸部骨折より発生頻度が高い(特に70歳代半ば以降で圧倒的に多い)。
- 関節包外の骨折(転子間・転子部・転子下)は、大腿骨頸部に比べて血流が豊富であり、骨癒合に有利に働く。そのため、原則として**骨接合術(内固定)**が第一選択となる。
大腿骨近位端骨折の大分類
- 関節包内骨折:①大腿骨頭骨折 /② 大腿骨頸部骨折
- 関節包外骨折:③大腿骨転子間骨折 / ④大腿骨転子部骨折 / 大腿骨転子下骨折
※Garden分類は「頸部骨折(関節包内)」専用である。転子部骨折の分類には世界的にEvans(エバンス)分類などが用いられ、安定型と不安定型に大別されて治療方針の決定に用いられる。
手術療法(適応と術式の考え方)
転子部・転子間骨折は、血流が温存されやすく骨癒合が期待できるため「骨接合術」が原則となる。
- 近位大腿骨用髄内釘(short femoral nail / Gamma nailなど):現在の主流(第一選択)。骨髄内に釘を挿入し、ラグスクリューで骨頭を固定する。荷重時にかかる屈曲モーメントが小さく力学的に有利であり、生体への手術侵襲も少ない。とくに不安定型骨折や外側壁不全例などで有利である。
- 動的股関節スクリュー(DHS / CHS:compression hip screw):遠位骨片をプレートで固定し、骨頭部をラグスクリューで固定する。安定型骨折などで選択される。外側壁損傷や粉砕例では固定性が不利になることがある。

- 人工骨頭置換術:血流が途絶しやすい**頸部骨折(Garden分類 Stage Ⅲ〜Ⅳなど)**の高齢者で主に選択され、転子部骨折に対する標準治療ではない。ただし、骨癒合後の重度な機能障害(骨頭壊死や偽関節)が残存した場合や、極端な粉砕・重度骨粗鬆症で内固定が不可能な場合に例外的に検討されうる。
リハビリテーション
特別な“万能プロトコル”はなく、骨折型(安定型/不安定型)、術式、術中固定性、全身状態(合併症・認知機能)に合わせて段階的に進める必要がある。
- 荷重方針:術者の指示が最優先。強固な固定が得られていれば術後早期からの荷重(部分荷重〜全荷重)が可能だが、不安定型や骨粗鬆症が強い場合は、過度なテレスコーピング(骨折部の短縮)や内固定の破綻(cut outなど)を防ぐため、疼痛やX線画像を確認しながら段階的に増量する。
- 目標:①骨癒合の促進(過大な剪断ストレスの回避)、②二次的機能低下・廃用症候群の最小化、③安全なADL・歩行の再獲得。
1)術後早期
- リスク管理:炎症・疼痛コントロール、創部管理に加え、深部静脈血栓症(DVT)/肺塞栓症(PE)の予防が必須(弾性ストッキング、足関節の底背屈運動など)。
- 早期離床:高齢者は臥床による肺炎やせん妄、廃用症候群を招きやすいため、ベッドサイドでのギャッジアップから車いす移乗などを早期に進める。
- 関節可動域・筋力維持:自動介助ROM(痛みの出ない範囲での股関節・膝関節運動)。等尺性収縮(Quadriceps setting、中殿筋・大殿筋など)を痛みなく賦活する。
2)中期
- 外転筋(中殿筋)優先:骨盤の水平保持は歩行安定の土台となる。サイドブリッジやヒップアブダクションなどを代償動作が出ない範囲で段階的に行う。
- 代償運動の抑制:荷重時の疼痛や恐怖心から、体幹の前屈、非骨折側への荷重偏位、下肢の過外旋といった代償歩行が生じやすい。内転筋の過活動を抑制しつつ、正しいアライメントへフィードバックして是正する。
- 段階的荷重・歩行:平行棒 → 歩行器 → 杖(松葉杖・T字杖) → 独歩へと進める。跛行、疼痛、腫脹、およびX線所見(骨折部のズレ)を確認しながら昇段を判断する。
3)後期
- 荷重下機能訓練:ステップアップ、階段昇降、方向転換など、よりADLに即したトレーニングへ移行する。
- 多平面安定性:回旋成分を含む課題で、局所へのねじり耐性を段階的に高める。
- IADL/職業復帰に向け、実作業に即したタスクを処方する。
付着筋と力学
大腿骨に起始
| 筋 | 起始 |
|---|---|
| 中間広筋 | 大腿骨前面・外側面 |
| 内側広筋 | 転子間線〜粗線内側唇 |
| 外側広筋 | 大転子外側面・転子間線・殿筋粗面・粗線外側唇 |
大腿骨に停止(転子部周辺)
| 筋 | 停止 |
|---|---|
| 大腰筋/腸骨筋 | 小転子付着 |
| 中殿筋 | 大転子尖端・外側面 |
| 小殿筋 | 大転子前面 |
| 梨状筋 | 大転子尖端・内側面 |
| 内・外閉鎖筋、上下双子筋 | 転子窩 |
| 大腿方形筋 | 転子間稜 |
| 大殿筋(深層上部) | 殿筋粗面 |
- 牽引(離開)ストレスの管理:骨片を引っ張る筋肉(腸腰筋や中殿筋など)の過度な収縮や、牽引ストレスがかかる肢位は、骨癒合が得られるまでは抑制・調整する。
- 圧縮ストレスの活用:長軸方向への適度な圧迫力(軸圧負荷)は仮骨形成を促進する。固定性と癒合段階に応じて適切な荷重を促す。
- 中殿筋の早期再教育と内転筋過活動のブレーキが、歩行時の横せん断力(骨折部をズラす力)の低減に直結する。
術後合併症
- DVT(深部静脈血栓症)/ PE(肺塞栓症):下肢の整形外科手術後は高リスク。弾性ストッキングや間欠的空気圧迫装置、足関節の底背屈運動、早期離床による血流うっ滞予防が必須。
- Homan徴候は感度・特異度が低く、診断には不十分。臨床ではWellsスコアによる確率評価+D-ダイマー+下肢静脈エコーで総合的に判断する。
- 偽関節/遷延癒合・内固定の破綻:不安定な骨折型や重度骨粗鬆症、不適切な早期過負荷により、スクリューが骨頭を突き抜ける(cut out)などの内固定破綻が生じうる。
- 内科的合併症:受傷前から疾患をもつ高齢者が多く、肺炎や心疾患、認知機能低下などが予後(歩行再獲得や生命予後)に直結する。
段階的歩行と荷重の目安
- 昇段の指標:術者の指示が絶対であり、荷重量の%表示は環境・体格・デバイスによって変動するため参考値に留める。必ず「疼痛」「歩容(跛行の有無)」「腫脹」「X線画像(過度なテレスコーピングがないか)」で判断する。
- 「翌日からのフリー荷重(全荷重)」は、骨折が安定型(Evans分類のGroup 1, 2など)で強固な固定が得られている場合に限られる。不安定型(Group 3, 4など)や骨粗鬆症が強い場合は、部分荷重から漸増していくのが安全である。
退院後フォロー
- 少なくとも退院後6か月間は、外来や通所・訪問リハビリ等で下肢筋力・バランス能力の改善や維持を図ることが推奨される。
- 大腿骨近位部骨折を起こした患者は、対側(反対側)の骨折リスクが極めて高い。住環境の整備(段差解消など)、視力・薬剤の評価を含めた転倒予防策が必須である。
- リハビリと並行して、栄養管理(タンパク質、ビタミンD/カルシウム)や骨粗鬆症の薬物治療、禁煙支援を継続することが骨折再発予防の鍵となる。
Q&A
Q. 転子部骨折でも人工骨頭置換が必要?
A. 原則は**骨接合術(内固定)です。人工骨頭置換術は、血流障害による骨頭壊死のリスクが高い大腿骨頸部骨折(Garden分類 Ⅲ〜Ⅳなど)**で主に検討されます。転子部骨折で人工骨頭が選択されるのは、全身状態が著しく不良な場合や、高度な粉砕で内固定が不可能な場合など例外的なケースに限られます 。
Q. DHS(CHS)と髄内釘(PFN/Gamma nailなど)の使い分けは?
A. 安定型の骨折(Evans分類 Group 1, 2など)ではDHSも選択肢となります。しかし、不安定型の骨折(Group 3, 4)や外側壁不全・粉砕が強い例では、力学的に曲げモーメントに強く、小切開で手術侵襲の少ない髄内釘(short femoral nailなど)が第一選択として広く用いられています 。
Q. いつ全荷重に移行する?
A. 術者(医師)の指示と画像所見・疼痛によって決定します。強固に固定された安定型骨折であれば、術後数日〜1週で全荷重が許可されることもあります 。しかし、一般的には部分荷重から全荷重へ漸増していくアプローチが安全であり、痛みや跛行が残る場合、また画像上で骨折部の圧壊が進行している場合は昇段を避けます 。
Q. リハビリで最優先にみるポイントは?
A. 高齢者特有の全身状態や認知機能(せん妄など)の管理という「阻害要因」を取り除くこと 。機能面では、骨盤水平保持(中殿筋)の獲得と、内転筋の過活動抑制・過外旋代償などの「代償動作の是正」です 。これが安定した歩容の獲得と、骨折部への力学的ストレス軽減を左右します。
Q. DVT(深部静脈血栓症)はどう見分ける?
A. Wellsスコアで事前確率を評価し、D-ダイマー採血や下肢静脈エコー検査で確定診断を行います。Homan徴候(足関節背屈時の腓腹部痛)は感度・特異度が低いため補助的所見にとどめます。早期からのフットポンプ(足関節底背屈運動)や弾性ストッキング、間欠的空気圧迫装置による予防が重要です 。
最終更新:2026-07-09

