大腿骨頸部骨折のリハビリ治療

大腿骨頸部骨折の概要

  • 解剖:大腿骨頚部は骨頭下のくびれ部。頚体角はおよそ**125°**で、剪断力がかかりやすい構造。

  • 力学:外力はまず転子部に入り、その衝撃が頚部へ伝播して骨折を誘発。

  • 骨粗鬆症:骨梁(主引張骨梁など)の減少で脆弱化頚体角減少は剪断力増大=リスク増。

  • 発生頻度:近位部骨折は女性が男性の約3.7倍。高齢化に伴い将来推計は増加。

  • 転倒が誘因9割以上が転倒。80代が最多。

  • 予後:受傷後の死亡率は3か月17%/6か月21.5%/1年27%/5年56%。治癒後は日常活動レベルが一段階低下しやすい。

大腿骨頚部の骨梁

大腿骨頚部の内部は梁状の小さな支柱が交錯しており、構造的な脆弱性を補っています。

とくに重要なのは主引張骨梁で、ここが大腿骨頭にかかる垂直の荷重を受け止めるように働きます。

骨粗鬆症のある高齢者では骨梁(支柱)が減少しているために強度が低下しており、転倒などで骨折しやすい状態にあります。

また、頚体角が減少しているヒトでは、剪断力が増加するために骨折リスクが高まります。

危険因子(診療ガイドライン)

信頼度 内容
グレードA 骨密度の低下
脆弱性骨折の既往
喫煙者である
グレードB 向精神薬の使用
高齢者
低体重
グレードC 多量のカフェイン摂取
未産

※グレードA:十分な科学的根拠がある、グレードB:科学的根拠がある、グレードC:科学的に言い切れる根拠はない

骨折の分類と方針

関節包内 vs 包外

  • 関節包内(骨頭・頚部):血行不良→骨癒合しにくい→**人工骨頭置換術(BHA)**が選択されやすい。

  • 関節包外(転子間・転子部・転子下):血行良好→骨接合術で癒合しやすい。

ガーデン分類(頚部骨折)

  • Stage I~II:非転位~軽度転位。保存的に癒合が見込める症例も。

  • Stage III~IV:転位あり。Weitbrecht支帯の断裂有無で血行障害を示唆。
    ※実際は非転位か転位かで治療選択を決めることが多い。X線は2方向撮影。

画像診断

  • X線正診率:約98%。多くは見逃されにくい。

  • MRI:骨折線の同定に加え、周辺組織評価にも有用。

手術療法(概略)

  • 人工骨頭置換(BHA):関節包内で癒合困難例に適応。

    • セメント使用:術後の大腿部痛が減る報告あり/一方で血圧低下・術中イベント再置換時の難度上昇に留意。

  • CCS固定(骨接合術):軽症の関節包内や包外で選択。

術式と退院時歩行レベル(要旨)

  • 報告例では**関節包内(BHA中心)>関節包外(骨接合)**で退院時歩行レベルが良好な傾向。

  • 差は年齢差・術式差の影響が考えられる。

脱臼肢位(人工骨頭置換術)

  • 後方進入屈曲+内転+内旋後方脱臼リスク。

  • 前方進入伸展+内転+外旋前方脱臼リスク。

  • 指導のコツ:不安を煽らず要点のみ術後3か月以降はリスク低下の報告。

術後痛と中殿筋(外転筋)への配慮

  • 切開部(多くは大腿筋膜張筋~中殿筋)の炎症・筋力低下→片脚立位不安定・外側痛・跛行(Trendelenburg/Duchenne)

  • 立ち上がり時は中殿筋前部線維による骨頭の内旋滑りが重要。筋出力低下で鼠径部痛が出やすい。

  • 結論外転筋(中殿筋)再建は術後リハの最重要テーマ

保存療法のエビデンスレベル

大腿骨頸部骨折に対する保存療法のエビデンスについて、診療ガイドラインにて以下の項目が挙げられています。

信頼度 内容
グレードA 運動療法は転倒予防には有効である(骨折予防は不明)
ヒッププロテクターは大腿骨頚部/転子部骨折予防に有効である
住環境改善、向精神病薬漸減は転倒防止に有効である
グレードB クリニカルパスは受傷前ADLが高い症例に対しては入院期間の短縮と術後合併症の防止に有効である
術後最低6ヶ月程度はリハビリテーションを行うべきである

※グレードA:十分な科学的根拠がある、グレードB:科学的根拠がある、グレードC:科学的に言い切れる根拠はない


リハビリ(時期別プログラム)

1)急性期(術後~1週前後)

目的:疼痛・腫脹コントロール、合併症予防、可動性確保の準備

  • 疼痛管理:アイシング/薬物—医師指示に準拠

  • DVT予防足関節底背屈・足趾運動・下腿ポンピング

  • ROM:炎症増悪を避け、股屈曲~伸展・外転・内外旋の痛み可及的範囲で開始

  • 筋賦活中殿筋・殿筋群・大腿四頭筋等尺性から

  • 荷重:BHAでは翌日~早期荷重可が一般的(施設方針・骨質・術式で調整)

2)回復初期(1~3週)

目的:起居・移乗の自立、歩容の基礎づくり

  • ADL指導禁忌肢位回避での起き上がり/座位/靴・靴下

    • 例:健側から起き上がる、横座りを避ける、靴べらやリーチャー活用

  • 歩行

    • 平行棒(1–3日)→歩行器(4–7日)→押し車(8–14日)→杖(15–28日) を目安に段階的に

    • 重心移動練習:平行棒内での足踏み、患肢荷重下の骨盤安定化~前方移動

  • 筋力:外転筋(中殿筋)重点。殿筋ブリッジ(痛み注意)/クラムシェル/立位外転など。

  • ROM内旋・外転・伸展の拘縮予防。内転筋リリース+外転筋出力をセットで。

3)回復後期(3~6週)

目的:歩容の正常化、耐久性向上、屋外活動へ

  • 歩行二動作杖歩行へ移行、トレッドミルで速度・傾斜を漸増(痛み指標で調整)。

  • 筋力:外転筋に加え、股伸展(大殿筋)・股屈曲(腸腰筋)・体幹安定化

  • バランス:片脚立位、ラテラルウェイトシフト、段差昇降の導入。

4)復帰期(6週以降)

目的:屋外自立歩行、転倒予防、生活復帰

  • 段階的装具離脱(医師指示)

  • 指標:疼痛NRS、片脚立位時間、TUG、歩行速度などを定点評価

  • 転倒予防:住環境(段差・照度・手すり)、履物、薬剤、骨代謝(栄養・VitD/K)

  • 継続課題外転筋—骨盤安定→歩容、**股関節可動性(外転・内旋・伸展)**の維持

歩行補助具と免荷目安

補助具 免荷(荷重)目安
歩行器 約80%免荷(1/5荷重)
押し車 約33%免荷(1/3荷重)
T杖 約25%免荷(3/4荷重)

早期適切荷重は歩行獲得と在院短縮に有利。恐怖による患肢回避には重心移動の成功体験を積ませる。


よくある質問(Q&A)

Q1. BHA後、どのくらいで歩けますか?
A. 施設方針と骨質にもよりますが、翌日~早期荷重が一般的。まずは平行棒→歩行器→杖と段階を踏みます。

Q2. 脱臼が怖い。何に気をつければ?
A. 進入法で異なります。後方進入屈曲+内転+内旋を避ける、前方進入伸展+内転+外旋を避ける—この一点を日常動作に翻訳して練習します。

Q3. 中殿筋はなぜ重要?
A. 片脚立位の骨盤水平保持に不可欠。術後は切開で出力低下し、外側痛や跛行の主因に。外転筋強化+内転筋過緊張の是正がカギ。

Q4. ROMはどの方向が硬くなりやすい?
A. 内旋・外転・伸展。内転筋・腸腰筋・梨状筋が短縮しやすいので、リリース+アクティブ可動を組み合わせます。

Q5. 痛みが軽い=運動量を増やしてOK?
A. NG。痛み軽減は治癒完了の証拠ではない。指標(疼痛・腫脹・筋出力・歩容)で段階進行を判断します。

Q6. 退院後の自主トレは?
A. 外転筋(サイドレッグレイズ、クラム)/股伸展(ブリッジ)/体幹安定/アンクルポンプ毎日少量頻回で。

Q7. 再骨折を減らすには?
A. 薬物療法の継続住環境整備転倒リスク因子の是正(薬剤・視力・履物)、栄養(蛋白・Ca・VitD/K)運動(バランス+筋力)のパッケージ化

Q8. リハはどれくらい続ける?
A. ガイドラインは術後少なくとも6か月の継続を推奨。指標評価で内容をアップデートしてください。


最終更新:2025-10-18