大腿骨頸部骨折のリハビリ方法について、わかりやすく解説していきます。
この記事の目次はコチラ
大腿骨頸部骨折の概要
大腿骨は人体で最大の長管骨であり、大腿骨頭は骨盤と股関節を構成しています。
大腿骨頭の下方でくびれた部分を大腿骨頚部と呼び、大腿骨体と約125度の角度を成しています。
そのため、構造的に折れる方向に負担のかかりやすい状態にあります。
頸部の外方を転子部、転子部の下方を転子下といい、骨折の頻度としては最初に外力を受ける転子部骨折がやや多いです。
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大腿骨頚部の内部は梁状の小さな支柱が交錯しており、構造的な脆弱性を補っています。
とくに重要なのは主引張骨梁で、ここが大腿骨頭にかかる垂直の荷重を受け止めるように働きます。
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骨粗鬆症のある高齢者では骨梁(支柱)が減少しているために強度が低下しており、転倒などで骨折しやすい状態にあります。
また、頚体角が減少しているヒトでは、剪断力が増加するために骨折リスクが高まります。
転倒にて頸部が骨折する理由として、転倒時はまず転子部が外力を受けますが、その衝撃が頚部に間接的に伝わることで発生します。
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日本での大腿骨頚部骨折・転子部骨折の年間発生率は、2002年の全国調査で約117,900人/年で、女性が男性の約3.7倍と報告されています。
年齢群別発生率が変化しないと仮定すると、2020年には約25万人、2030年には約30万人の大腿骨近位部骨折が発生すると推計されます。
大腿骨頚部骨折の九割以上は転倒を原因としており、患者数は80代が最多で全体の約半数を占めています。
骨折後の死亡率は、3ヶ月で17%、6ヶ月で21.5%、1年で27%、5年で56%であり、骨折後1.6年までは期待生存率に比べて生存率が低下します。
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大腿骨頸部骨折の発生に関する危険因子については、診療ガイドラインにて以下の項目が挙げられています。
信頼度 | 内容 |
グレードA | 骨密度の低下 |
脆弱性骨折の既往 | |
喫煙者である | |
グレードB | 向精神薬の使用 |
高齢者 | |
低体重 | |
グレードC | 多量のカフェイン摂取 |
未産 |
※グレードA:十分な科学的根拠がある、グレードB:科学的根拠がある、グレードC:科学的に言い切れる根拠はない
治癒後は日常活動レベルが一段階下がる
受傷後に適切な手術を行い、適切な後療法を行ったとしても、すべての症例が受傷前の日常活動レベルにまで復帰できるわけではありません。
受傷前に独歩だった方は杖が必要になったり、杖で歩いていた方は押し車などが必要になったりと状態が落ちる場合が多くあります。
歩行能力の回復には、受傷前の歩行能力と年齢が大きく影響し、受傷前より不安定性があった場合や認知症がある場合は能力が落ちる傾向にあります。
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大腿骨近位端骨折の分類
大腿骨近位端の骨折は、関節包内骨折(大腿骨頭骨折,頸部骨折)と関節包外骨折(大腿骨転子間骨折,転子部骨折,転子下骨折)に大別されます。
関節包内骨折は血液循環が乏しく、骨癒合が得られにくい状態にあります。そのため、手術では人工骨頭置換術が選択される場合が多いです。
関節包外骨折は血液循環が良好なため、骨癒合が得られやすい状態にあります。そのため、手術では骨接合術が選択される場合が多いです。
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①骨頭骨折 | 包内骨折 |
②頸部骨折 | ||
③転子間骨折 | 包外骨折 | |
④転子部骨折 |
また、骨折の重症度分類にはガーデンの分類が使用される場合が多いため、ステージについても理解しておくことが必要です。
レントゲン写真では一方向から見たらステージⅡであっても、別方向から見たら回旋転位が認められる場合もあるので、基本は二方向から撮影されます。
ステージⅢではヴァイトブレヒト支帯(Weitbrecht)という血管を含む強靭な支帯が残存していますが、ステージⅣでは完全に断裂しています。
StageⅠ | StageⅡ | StageⅢ | StageⅣ |
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不完全骨折 | 完全骨折 | 完全骨折 | 完全骨折 |
転位なし | 転位なし | 転位あり | 転位あり |
Weitbrecht連続 | Weitbrecht連続 | Weitbrecht連続 | Weitbrech断続 |
画像診断による判定基準
大腿骨頚部/転子部骨折のエックス線単純写真による正診率は約98%であり、ほとんどの場合は見過ごされることはありません。
MRIを使用することで、骨以外の周辺組織の状態まで確認することができます。
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手術療法
術式の選択については、前述したように関節包内骨折では大腿骨頭置換術、関節包外骨折では骨接合術が一般的に適用されます。
関節包内骨折であっても、ステージⅠ・Ⅱで保存的に治癒が望める場合には骨接合術や保存療法が選択されます。
重要なのはあくまで骨頭への栄養動脈が断裂しているかどうかですが、ステージⅢ・Ⅳでも断裂していない場合もあります。
ただし、そこを事前に評価することは困難なので、一般的には非転位型か転位型かで治療方針を決定します。
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大腿骨頭置換術
人工骨頭置換術(Bipolar Hip Arthroplasty:BHA)は、関節包内骨折などのように骨癒合が得られにくい骨折に対して適応されます。
手術においてセメントを使用する場合は、未使用と比較して術後の大腿部痛の訴えが減少するといった報告があります。
しかし、セメントを使用すると血圧低下や術中突然死のリスクが高くなることや、再置換術時に高度な技術が必要となるといったデメリットがあります。
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CCS固定法
CCS固定法(Cannulated Cancellous Screw:CCS)は骨接合術の一種です。
関節包内骨折であっても、比較的に軽度で保存的に治癒が望める場合に用いられます。
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術式の違いと術後成績
大腿骨の関節包内骨折(81例,平均74.2歳)と関節包外骨折(51例,平均82.4歳)の退院時歩行レベルを調査した報告では、以下のような結果となっています。
関節包内骨折の退院時歩行レベルは、独歩又はT字杖が90.2%、ロフストランド杖が3.7%、松葉杖が3.7%、押し車が1.2%、歩行不能が1.2%でした。
関節包外骨折では退院時歩行レベルは、独歩又はT字杖が62.7%、歩行不能例が9.8%であり、関節包内骨折と比較して予後不良だったとしています。
なぜ予後に差が出たのかについては、平均年齢の違い以外にも、術式の違いが大きく影響しているのではないかと考えられています。
関節包外骨折では骨接合術が、関節包内骨折では人工骨頭置換術が主に選択されますが、後者のほうが予後としては良好である可能性が高いようです。
脱臼肢位/禁忌動作
人工骨頭置換術の場合は、患者全体の2-7%に脱臼が発生します。
脱臼が発生しやすい肢位は手術の進入方向で異なり、後方進入の場合は、股関節の「屈曲+内転+内旋」の肢位で骨頭が後方へ脱臼しやすくなります。
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前方進入の場合は、股関節の「伸展+内転+外旋」の肢位で骨頭が前方へ脱臼しやすくなります。
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療法士は具体的にどのような日常動作で脱臼の危険性があるかを患者に説明し、脱臼の予防に努める必要があります。
しかし、あまりに不安をあおるような指導は動きを制限させて逆効果となる場合もあるため、簡単にポイントだけを解説する程度に止めて構いません。
実際は脱臼肢位の影響よりも、術後の周囲組織の固定力の影響が大きいため、どれだけ注意していても緩みが強い患者では脱臼が起きることもあります。
人工股関節全置換術(骨頭だけでなく臼蓋まで人工物に変える手術)と比較したら脱臼頻度は低く、術後3ヶ月以降は脱臼が起こりにくくなるとされています。
術後の痛みについて
手術では、大腿前方(又は後方)と側方の皮膚や筋肉などの組織を切開することになるので、切開部には炎症反応が起こって痛みが生じます。
これを術後痛と呼ぶのですが、麻酔が切れた頃に訴える患者が多く、それから3日ほどで痛みは大幅に軽減していきます。
リハビリ内容によっては、切開部の組織が伸張されて痛みが起こる場合もあるため、手術でどの組織が切開されたかについては把握しておくことが大切です。
人工骨頭置換術の場合は、前方後方どちらの進入法においても側方に存在する大腿筋膜張筋や中殿筋を切開する必要があります。
そうすると、歩行時の片脚立位期にて骨盤平行位を保持する中殿筋に収縮時痛を引き起こし、股関節外側部痛として訴えるようになります。
切開された中殿筋は十分な筋出力が発揮できないため、トレンデレンブルグ歩行やデュシェンヌ歩行といった跛行が起こる原因にもなります。
また、立ち上がり動作時には中殿筋前方線維の収縮によって大腿骨頭は内旋方向への滑り運動が生じ、安定した股関節の屈曲が行われます。
しかし、中殿筋の筋出力低下があると内旋運動が生じず、骨頭が後方に滑らずに股関節前方の圧迫ストレスが高まって鼠径部内側に疼痛が発生します。
このように中殿筋の障害はあらゆる問題を引き起こすため、大腿骨頚部骨折の術後リハビリでは、とくに注意してアプローチしていくことが重要です。
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保存療法のエビデンスレベル
大腿骨頸部骨折に対する保存療法のエビデンスについて、診療ガイドラインにて以下の項目が挙げられています。
信頼度 | 内容 |
グレードA | 運動療法は転倒予防には有効である(骨折予防は不明) |
ヒッププロテクターは大腿骨頚部/転子部骨折予防に有効である | |
住環境改善、向精神病薬漸減は転倒防止に有効である | |
グレードB | クリニカルパスは受傷前ADLが高い症例に対しては入院期間の短縮と術後合併症の防止に有効である |
術後最低6ヶ月程度はリハビリテーションを行うべきである |
※グレードA:十分な科学的根拠がある、グレードB:科学的根拠がある、グレードC:科学的に言い切れる根拠はない
リハビリテーション
リハビリの実施頻度は、1日1回で週5日以上のトレーニングが推奨されています。午前午後と実施している場合は、時間帯でメニューを変えるのも効果的です。
具体的な方法については文献によってバラつきがみられますが、特別なリハビリ(患者教育,作業療法,物理療法など)が有効であるというエビデンスはありません。
そのため、以下のオーソドックスな治療プログラムにてリハビリは進めていきます。
方法 | 内容 |
運動療法 | 筋力トレーニング、関節可動域運動、ADL動作練習 |
歩行訓練 | 段階的歩行練習 |
筋力トレーニング
大腿骨頚部には筋肉の起始停止は存在しないため、基本的に筋の張力による影響はあまり考慮する必要がありません。
しかし、前述したように切開部の筋肉は炎症(痛み)や筋出力の低下をきたし、あらゆる症状の問題となりえます。
そのため、中殿筋などの切開された組織に関しては、とくに注意しながらアプローチしていくことが求められます。
骨折部の癒合には接合や固定が不可欠ですが、これらは癒合に必要な血流を阻害してしまう方向に働いてしまいます。
血流を改善させるためにも、周囲筋の軽い収縮運動を実施して、緊張を緩和させるとともに患部への血行を促進するように働きかけていきます。
関節可動域運動
安静臥床によって関節可動域制限が起こりやすい方向は決まっていて、股関節の場合は内旋・外転・伸展といった方向が制限されやすくなります。
また、制限に伴って股関節内転筋群や腸腰筋、梨状筋といった筋肉が短縮しやすい傾向にあります。
そのため、術後は炎症が悪化しないようにコントロールしながら、これらの関節可動域に制限が起きないようにアプローチしていきます。
大腿骨頚部骨折の術後では、股関節外転筋(中殿筋)による骨盤支持が乏しいため、股関節内転筋群の収縮により骨盤を支持しようとします。
その状態を続けることで内転筋群の緊張が亢進し、結果的に股関節の外転・伸展の可動域制限はさらに進行するといった悪循環が起こります。
その流れを断ち切るためにも、内転筋群のリリースや中殿筋の出力向上は関節可動域運動と合わせて必須項目といえます。
ADL動作練習
大腿骨頭置換術を施行している患者に対しては、前述した脱臼肢位を避けた姿勢でのADL動作練習が不可欠です。
とくに注意して指導したい動作として、ベッドからの起き上がりと座位姿勢、靴の履き方などが挙げられます。
手術側を下にして起き上がると股関節が屈曲・内転・内旋(後方アプローチの禁忌肢位)となってしまうので、必ず健側から起き上がります。
座位姿勢では、女性に多い横座りなどをすると禁忌肢位となりやすいです。また、靴や靴下を履く際も危険なので、方法の確認と指導を行います。
段階的歩行練習
人工骨頭置換術後の場合は、翌日よりフリーでの早期荷重が可能となりますが、ほとんどの場合は段階的に荷重量を上げていきます。
歩行練習の目安としては、①平行棒(1-3日)➡②歩行器(4-7日)➡③押し車(8-14日)➡④杖(15-28日)と進めていく場合が多いです。
2週目以降は、痛みがないようなら積極的にトレッドミル歩行を実施していき、徐々に傾斜やスピードを上げていくことも有用です。
以下に、代表的な歩行補助具と免荷の割合について記載します。なお、歩行器はつま先のみを接地した場合になります。
方法 | 免荷(荷重) |
歩行器 | 80%(1/5) |
押し車 | 33%(1/3) |
T杖(一本杖) | 25%(3/4) |
杖を使用する場合は、まずは3動作歩行を習得してから2動作歩行に移行するようにして、徐々に負荷を上げていくようにする方法もあります。
歩行獲得が困難となる患者に特徴的なのは、術後の痛みや恐怖感から術側への荷重ができない場合です。
そのような症例には、術側への集中的な重心移動練習が必要となります。方法として、平行棒内で実施する足踏み運動が効果的です。
荷重量を自身で調整でき、恐怖感も少なく実施することができます。
また、患肢荷重下での重心移動訓練(患肢内転位での骨盤安定化、下肢股関節伸展位で重心の前方移動など)を実施することも効果的です。
早期荷重を実施した方が歩行を獲得できる場合が多く、入院期間も短くなる傾向にあります。
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