1. はじめに
慢性疼痛を訴える患者に対して、安静や鎮痛剤だけで改善しないケースは多くみられます。
最新の知見では、**痛みの慢性化=脳・神経系の「過剰な防御反応」**が主な要因とされています。
したがってリハビリでは、痛み=損傷という固定観念を解きほぐし、
「安全な動き」への再学習を促すことが重要です。
2. 痛みのメカニズムを整理する
| 区分 | 特徴 | 主な治療・対応 |
|---|---|---|
| 侵害受容性疼痛 | 炎症・損傷による実質的な組織痛 | 急性期対応、炎症鎮静・保護 |
| 神経障害性疼痛 | 神経損傷による異常信号 | 薬物+運動刺激による神経再教育 |
| 中枢感作(慢性疼痛) | 実際の損傷がなくても「痛み信号」が増幅 | 教育+運動+心理的介入 |
慢性痛では末梢よりも中枢(脊髄・脳)の過敏化が中心で、
「痛みを感じる回路」が学習されてしまうのが特徴です。
3. リハビリの基本戦略:痛みを“再教育”する
痛みの治療では「治す」よりも「再学習させる」ことが中心となります。
具体的には、以下の3ステップで進めます。
① 痛み教育(Pain Neuroscience Education:PNE)
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「痛み=損傷ではない」ことを説明する
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図や例え(火災報知器モデル、過敏化したブザーなど)を使って理解を促す
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認知的安全感を高めることで、脳の防御反応を和らげる
② 段階的エクササイズ(Graded Exercise)
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「痛みが出ない範囲」ではなく、「恐怖が小さい範囲」から始める
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回数・負荷より「成功体験の積み重ね」を優先
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例:1日5分の立ち上がり練習 → 歩行 → 階段 → 生活動作へ
③ 動作再学習・曝露療法(Graded Exposure)
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痛みを伴う動作を少しずつ曝露しながら再獲得していく
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「怖いが安全な動き」を繰り返すことで神経系の過敏化を鎮静
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ストレッチや筋トレだけでなく、“成功体験の記憶”を作ることが鍵
4. 運動療法の実践例
| タイプ | 目的 | 代表的アプローチ |
|---|---|---|
| 筋リラクゼーション系 | 緊張緩和・疼痛閾値向上 | 呼吸練習、漸進的筋弛緩法、ストレッチ |
| 安定化エクササイズ | 恐怖動作の再獲得 | コアトレ、低負荷スクワット、ブリッジ |
| 動作再教育 | 動作制御と可動性改善 | ミラーセラピー、モーターイメージ訓練 |
| 有酸素運動 | 痛み抑制物質の促進 | 歩行・バイク・水中運動(20〜30分) |
| 感覚再統合訓練 | 痛み部位への再認識 | タッチ、ブラッシング、温冷刺激など |
→ 特に「動かすほど痛みが減る経験」を繰り返すことが、
痛みネットワークの“上書き”につながります。
5. リハビリ現場での実践ポイント
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患者が「痛みを感じる=壊している」ではなく、「神経の過敏反応」と理解する
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「痛み0を目指す」より「機能を取り戻す」を目標にする
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痛み日記や活動量計で“改善を見える化”
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成功体験を記録してフィードバックする
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他職種(心理士・医師)と連携し、教育・心理・運動を統合する
6. 痛み科学のエビデンス
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Moseley GL, Butler DS. Pain and the Brain – A Call to Action. (2017)
→ PNEと段階的運動で慢性腰痛の疼痛・恐怖回避行動が有意に改善。 -
Louw A, et al. J Orthop Sports Phys Ther (2016)
→ Pain Neuroscience Education + 運動療法が単独より効果的。 -
Geneen LJ, et al. Cochrane Review (2017)
→ 有酸素運動が慢性疼痛の感作抑制に寄与。
7. 痛みと可動性を両立させるコツ
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“痛みが出る=NG”ではなく、“痛みが増えすぎない範囲でOK”
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「痛みをゼロに」ではなく「痛みをコントロールできる状態に」を目指す
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動かすこと自体が“安全でポジティブな経験”に変われば、神経系が再調整される
💬 Q&A
Q1. 痛みがあるのに動かしていいの?
A. はい、痛みが損傷を意味しないケースが多いです。恐怖を減らしながら少しずつ動かすことが回復の第一歩です。
Q2. どのくらいの期間で効果が出ますか?
A. 多くは2〜6週間で活動量・痛みの自己評価に変化が見られます。心理的安全感の定着がポイントです。
Q3. 安静を続けると何が悪いの?
A. 不動により筋力・循環・神経入力が低下し、痛み閾値がさらに下がります。結果的に“動けない悪循環”が続きます。
Q4. 運動すると痛みが一時的に強まることがあるのですが?
A. 一時的な反応は珍しくありません。強い炎症や構造損傷がない限り、過敏な神経反応として経過観察でOKです。
Q5. 患者教育のコツは?
A. 「痛み=壊れた証拠」ではなく「脳のアラーム」と説明すること。理解が深まると自然と動けるようになります。
🧭 まとめ
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慢性疼痛では「構造の異常」より「神経系の過敏化」が中心。
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痛みを“再教育”するには、教育+運動+成功体験の統合が不可欠。
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運動を通して「痛みがあっても動ける」経験を重ねることが、慢性痛の克服につながる。