振動刺激療法の歴史
身体に対する振動刺激による治療は、古代ギリシャ時代にはすでに徒手的なマッサージ手技のひとつとして用いられていました。
その後、19世紀末に振動刺激装置が登場し、1950年代にはRoodやBrunnstromが神経筋促通手技のアプローチ手段として取り入れるようになりました。
物理療法として用いられる振動刺激装置は、局所的な身体部位に振動刺激を加える機器と、全身を振動させる機器とに大別されます。
前者は簡易的なマッサージ器を用いて筋肉の弛緩や促通に使用され、後者は振動する台座上に乗ることで筋力やバランス能力などを鍛えます。
ここでは局所的に振動刺激療法を用いる方法について解説していきます。
振動刺激療法の目的
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筋緊張の緩和(抑制)
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筋収縮の促通(賦活)
※作用が相反するため、周波数・振幅・当てる部位・姿位を目的に合わせて使い分けるのがコツ。
目的別の推奨パラメータ(臨床目安)
| 目的 | 周波数 | 振幅 | 当てる部位 | 推奨姿位 | 1セット時間/回数 |
|---|---|---|---|---|---|
| 筋緊張の緩和 | 20–50 Hz | 1–2 mm | 筋腹(広く) | 中間位 | 30–90秒 × 1–3 |
| 筋収縮の促通 | 80–120 Hz | 0.5–1 mm | 腱 or 筋腱移行部(点的) | 軽度伸張位 | 10–30秒 × 3(動作と併用) |
目安:人の体性感覚が拾える振動はおよそ 0.3–500 Hz。
高周波(≈100 Hz)は Ia 求心性を強く入れてトニックバイブレーション反射(TVR)→促通。
低〜中周波(20–50 Hz)×大きめ振幅は抑制的に働きやすい。
作用機序(かみ砕き版)
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緊張の緩和:振動で生じる微小筋長変化を筋紡錘(Ia/II)が検出 → 抑制介在ニューロンを介してα運動ニューロンの興奮性↓。
さらに持続的な圧迫や低周波振動を腱に加えると**Ib(ゴルジ腱器官)**経由の抑制も働く。 -
促通:腱・筋腱移行部の高周波振動で Ia 入力↑ → TVRにより標的筋が持続収縮しやすくなる。軽度伸張位で効果増。
実践のポイント
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押しつけ過ぎない(皮膚ずれ・疼痛は逆効果)。
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30–60秒ごとに反応をチェックし、過緊張や痛みが出たら周波数↓/部位変更。
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促通は必ず機能課題に接続:例)前脛骨筋促通→即座につま先上げの歩行練習。
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痙縮が強い中枢神経障害では、高周波でむしろ緊張↑のことも。まずは低〜中周波で拮抗筋を緩めるほうが安全。
胸部理学療法への応用(排痰・換気)
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胸壁振動(バイブレーション):
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手技:概ね 12–20 Hz。
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機械式(HFCWOベスト等):およそ 5–25 Hz の範囲で設定。
→ 痰の粘性低下・移動促進、気道クリアランスの補助。
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ポイント:呼気相に合わせて実施/禁忌(気胸・未治療の出血傾向など)確認。
※200 Hz 近い超高周波を胸壁に用いることは通常ありません。(機器内部の振動数と体表印加周波数は別物です)
安全性・禁忌
絶対/相対禁忌の例
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急性血栓・塞栓の疑い、新鮮骨折、悪性腫瘍局所、感染創、重度の皮膚病変
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進行性の出血傾向、妊娠子宮上、ペースメーカー直上
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重度骨粗鬆症の骨突起部は低出力で短時間から
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痛みが3/10超なら周波数↓ or 中止。痺れ・灼熱感は中止サイン。
目的別ミニプロトコル(例)
ハムストリングの緊張緩和
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30–40 Hz・1–2 mm、筋腹へ30–60秒×2
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直後に痛みのない範囲で静的ストレッチ20–30秒×2
前脛骨筋の促通→歩行
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90–100 Hz・0.5–1 mm、腱〜筋腱移行部へ20秒×3(軽度背屈位)
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すぐにつま先クリアランスを意識した歩行10–20 m
胸部の排痰補助
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座位または側臥位、5–20 Hzで胸郭へ軽圧+振動(呼気相に同調)
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咳嗽誘発/呼吸体操とセットで 1–2分×数セット
よくある質問(Q&A)
Q1. 何Hzから始めれば良い?
A. まずは30–40 Hz(緩和)で反応を確認。促通は80–100 Hzに上げる。反応が強すぎたら周波数↓ or 時間短縮。
Q2. どこに当てるのが正解?
A. 緩和=筋腹を広く、促通=腱/筋腱移行部を点的に。いずれも皮膚ずれを避け、軽圧で均一に。
Q3. どれくらい続ける?
A. 1部位30–90秒が目安。促通は短時間×反復して機能課題につなぐと定着しやすい。
Q4. 痛みが増えた/痙縮が強くなった
A. 即中止し、周波数を下げる/部位を筋腹へ変更。痙縮例は拮抗筋の緩和→目的筋の促通の順で。
Q5. 全身振動(WBV)とは違うの?
A. 別物です。WBVは主にバランス・筋力・骨代謝を狙う全身刺激。局所振動は標的筋・腱の機能変化が目的。
最終更新:2025-09-29