痛みに対する5つのアプローチ

痛みの定義と多面性

痛みを治療するためには、まず「痛みとは何か」を正しく理解する必要があります。国際疼痛学会(IASP, 2020年改定)では、痛みは「実際の組織損傷もしくは組織損傷が起こりうる状態に付随する、あるいはそれに似た、感覚かつ情動の不快な体験」と定義されています 。 これは、痛みが単なる「感覚(どこが・どれくらい痛いか)」だけでなく、不安や恐怖などの「情動的側面」、過去の記憶や意味づけに基づく「認知的側面」を含んだ複雑な現象であることを示しています 。


疼痛の発生と伝達のメカニズム

痛みは、組織への様々な刺激を末梢の「侵害受容器」が感知することで発生します。この受容器には、主に強い機械刺激や熱刺激に反応する「高閾値機械受容器」と、機械・熱・化学刺激のすべてに幅広く反応する「ポリモーダル受容器」の2種類があります。

感知された情報は電気信号に変換され、神経線維を通して脊髄後角へ伝わり、そこから視床を経由して脳へと上行します。最終的に、痛みの場所や強度は「大脳皮質の一次体性感覚野」などで識別され、痛みに伴う不快感や恐怖は扁桃体などの「大脳辺縁系」で生じます。


痛みを伝える神経線維

末梢から痛みを伝達するのは、神経線維の中でも細い Aδ(エーデルタ)線維(Ⅲ群) と C線維(Ⅳ群) です 。太い神経(Aα、Aβなど)は主に筋肉を動かしたり、触覚や圧覚を伝えたりします。

  • Aδ線維:ミエリン鞘を持つ有髄神経で伝導速度が速く、組織損傷直後の「刺すような鋭い痛み(一次痛)」を瞬時に伝えます。主に高閾値機械受容器と結びついています
  • C線維:無髄神経で伝導速度が遅く、一次痛から少し遅れて発生する「ズキズキ・鈍くうずくような痛み(二次痛)」を伝えます。主にポリモーダル受容器と結びついており、慢性痛にも深く関与します
名称 太さ(μm) 伝導速度(m/秒) 機能
Aα(Ⅰa) 20 100 運動刺激・深部感覚
Aβ(Ⅰb) 10 50 触覚・圧覚
Aγ(Ⅱ) 5 25 筋紡錘への運動刺激
Aδ(Ⅲ) 3 13 痛み・温度覚
B 2 7 交感神経節前
C(Ⅳ) 1 1 痛み・交感神経節後

PT(理学療法士)がアプローチできる5つのポイント

痛みのメカニズムを踏まえ、理学療法士が徒手療法や運動療法を通じて介入できるポイントは以下の5つに大別されます。

① 機械刺激の除去(メカニカルストレスの軽減)

疼痛を改善・予防するには、痛みを引き起こす原因となった機械的刺激(圧迫、牽引、剪断力など)を除去することが必要です。不良姿勢や関節のマルアライメント(骨の配列異常)は、局所的な組織へのストレスを増大させます。

これを解決するための具体的なアプローチとして、蒲田和芳氏らが提唱する「リアライン・コンセプト」が挙げられます。これは以下の3つのステップで進められます。

  1. Realign(リアライン):徒手療法やエクササイズで組織の滑走不全を改善し、関節を理想的なアライメントに戻します。
  2. Stabilize(スタビライズ):良好なアライメントを維持するために、必要な筋肉(インナーマッスルなど)を強化し、関節を安定化させます。
  3. Coordinate(コーディネート):マルアライメントの再発を防ぐため、スポーツや日常生活における全身の協調的な動作パターンを学習させます。

姿勢矯正のための3ステップ

② 化学刺激(発痛物質)の除去

筋肉が過度な緊張状態(スパズム)に陥ると、筋肉内の内圧が上昇して血管が圧迫され、局所が虚血(酸素不足)状態になります。すると乳酸などの代謝産物が蓄積し、これを引き金としてブラジキニンやプロスタグランジンといった「発痛物質」が産生され、C線維のポリモーダル受容器を刺激します(痛みの悪循環)。

この悪循環を断つには、筋緊張をコントロールする「α運動ニューロン」の過剰な興奮を抑える必要があります。

  • Ib抑制テクニック:筋肉と腱の移行部にある受容器「ゴルジ腱器官」に伸張刺激(ストレッチングや持続圧迫)を加えると、Ib線維を通じて脊髄の抑制性介在ニューロンが働き、その筋肉のα運動ニューロンが抑制されて筋が弛緩します
  • 物理療法:温熱療法を用いて患部を温めることで、血管が拡張して血行が改善し、滞留した発痛物質の排出(ウォッシュアウト)を促すことができます

③ 認知の歪みを矯正(中枢神経系へのアプローチ)

急性痛が慢性痛へ移行するのを防ぐには、「痛みに対する記憶強化」や中枢神経系の過敏化(中枢感作)を防ぐことが重要です 。 痛みによる不安や恐怖が強いと、「動かすとまた痛いのではないか」という破局的思考に陥り、過度に活動を避けるようになります(痛みの恐怖-回避モデル) 。海馬や脊髄後角で痛みの信号が記憶強化されると、低刺激でも痛みを感じやすくなります(アロディニアなど) 。

これに対しては、「認知行動療法(CBT)」的なアプローチが有効です 。痛みのメカニズムに関する正しい知識を提供し、「動かしても組織は壊れない・安全である」という成功体験を特定の動作の反復を通じて脳に学習させることで、痛みのフィルター(認知の歪み)を書き換えます。

認知行動療法

④ 痛みの伝導路を遮断(ゲートコントロール理論)

痛みの信号が脳に伝わるのを脊髄レベルでブロックする仕組みが「ゲートコントロール理論」です 。 痛みを伝える細い神経(Aδ線維、C線維)の信号は、太い神経(Aβ線維:触覚や圧覚を伝える)からの信号が同時に入力されると、脊髄後角の抑制性介在ニューロンが活性化され、痛みの伝達経路(ゲート)が閉じられます 。 痛い部位をさすると痛みが和らぐのはこのメカニズムによるものです。物理療法のTENS(経皮的電気神経刺激)も、Aβ線維を選択的に刺激することで除痛を図る機器です 。また、痛みの原因筋と同一の皮膚分節(デルマトーム)を刺激することでも効果が得られ、特に抑制効果の高い部位は「メルザックポイント」と呼ばれます。

ゲートコントロール理論

デルマトーム|マイオチューニング

⑤ 鎮痛系の賦活(交感神経の抑制と下行性抑制系)

私たちの身体には、脳から脊髄へ向かって痛みを抑え込む「下行性疼痛抑制系」や、内因性オピオイド系などの強力な鎮痛システムが備わっています 。 慢性痛患者では、自律訓練法、EMGバイオフィードバック療法、有酸素運動、ヨガなどがこれらの鎮痛系を賦活させることが報告されています。

また、交感神経が過剰に優位になると、血管が収縮して虚血を招き、痛みを増悪させます 。EMGバイオフィードバック療法などを通じて、患者自身が不随意な身体反応(筋緊張など)を認識し、コントロールする術を学ぶことが重要です。臨床ではバイタルサインを確認し、副交感神経を優位に導くようなリラクセーションや呼吸指導が求められます。

交感神経優位(ストレス・緊張)
副交感神経優位(リラックス)
体温
↓(末梢血管の収縮)
血圧
呼吸
↑(浅く速い)
↓(深くゆっくり)
心拍数
血行
免疫力
消化

よくある質問(Q&A)

Q. 温めるか冷やすか迷います。
A. 腫脹(腫れ)、発赤、熱感を伴う「急性炎症」が強ければ、炎症と代謝を抑えるために短時間の冷却(アイシング)を行います。一方、長引く慢性の筋緊張や、血流不足(虚血)が主体の痛みであれば、温熱療法で血管を広げ、血流を改善して発痛物質を流すことが推奨されます 。

Q. 触ると楽なのに、すぐ痛みが戻ります。
A. マッサージや徒手療法などの受動的なケアだけでは、一時的に筋緊張が解けても、根本的な原因(姿勢不良や動作のエラーなど)が残っているためすぐに戻ってしまいます。効果を維持するには、リアラインなどの姿勢・動作の再学習や、患者自身で行うセルフエクササイズ(呼吸、穏やかなストレッチ、軽度の有酸素運動)の習慣化が不可欠です。

Q. TENS(経皮的電気神経刺激)は誰にでも有効ですか?
A. 反応には個人差があります。TENSはゲートコントロール理論を応用し、Aβ線維(触圧覚)を刺激するため、「低~中強度の心地よい刺激(快刺激)」であることが原則です 。皮膚の状態や禁忌事項を確認した上で使用します。電気刺激の効果が薄い場合は、恐怖回避思考などの中枢性の問題が関与している可能性があり、患者教育や段階的な運動(エクスポージャー)を優先すべきです。

Q. 慢性痛に対して、運動で痛みが増えるのが怖いです。
A. 最初から「痛みをゼロにすること」を目標にしないでください。安全な範囲で、少し息が上がる程度の有酸素運動や全身運動を行うことは、脳からの「下行性疼痛抑制系」を活性化させ、痛みを根本から和らげる効果があります 。翌日の疲れや痛みの増悪が最小限に収まる活動量(ペーシング)を、理学療法士と共に見つけていくことが重要です。