肩甲上神経麻痺のリハビリ治療

肩甲上神経の概要(C5–C6[±C4])

肩甲上神経

起始:腕神経叢の上神経幹から分岐(主根はC5–C6、まれにC4が参加)。
主な支配棘上筋(外転初期)棘下筋(外旋)。加えて肩関節包・肩鎖関節などへの**関節枝(求心性)**を出します(皮膚知覚は基本なし)。

走行

  1. 肩甲切痕上肩甲横靭帯で通過(上を走ることが多い上肩甲動脈と“Army over Navy”)。ここで棘上筋へ。

  2. 肩甲棘外側を回り込んで棘窩切痕(スピノグレノイドノッチ)を下肩甲横靭帯で通過し、棘下筋へ。


主な絞扼部と症候

絞扼部位 名称 典型像
肩甲切痕 肩甲切痕症候群 棘上+棘下の筋力低下・萎縮。外転初期と外旋がともに弱い。肩後上方~肩甲帯の深部痛。
棘窩切痕(スピノグレノイド) 棘窩切痕症候群 棘下筋のみの萎縮・外旋筋力低下(下垂位テストで顕著)。若年のオーバーヘッドスポーツで要注意。後上方関節唇由来のパララブラルガングリオンでの圧迫が典型。
斜角筋隙(胸郭出口)※ 斜角筋症候群 上幹レベルの圧迫では肩甲上神経を含む複数神経で症状(感覚・運動)が出る。※肋鎖間隙/小胸筋下など幹分岐後の部位では肩甲上神経は既に枝分かれ済みのため巻き込まれにくい

胸郭出口症候群|斜角筋隙

補足:ドロップアームテスト棘上筋腱断裂の鑑別に有用ですが、神経麻痺でも外転維持が困難になることがあります。単独での鑑別は不可、**筋萎縮の局在(とくに棘下単独萎縮)**を重視。


見落としを防ぐ鑑別ポイント

  • 棘下筋“のみ”の萎縮下垂位外旋筋力低下棘窩切痕症候群を第一想起。

  • 肩甲切痕障害ではJobe(empty can)と外旋テストの双方が弱い。

  • 腱板断裂:多くは棘上筋腱から始まり疼痛が目立つ。神経麻痺は疼痛軽微でも筋萎縮が進むことがある。

  • C5神経根障害:三角筋・上腕二頭筋反射所見や感覚障害を伴いやすい。

  • ガングリオン:超音波/ MRIで棘窩切痕肩甲切痕嚢胞性腫瘤を確認。


評価のコツ(臨床)

  • 視診:肩甲棘下(棘下筋)の陥凹、棘上窩のボリューム低下。

  • 徒手筋力

    • 棘上筋:Jobe(empty/full can)

    • 棘下筋:下垂位外旋抵抗(90°外転位外旋は小円筋が主になるため鑑別に不向き)。

  • 誘発:反復オーバーヘッドやクロスボディでの症状変化。

  • 補助検査エコー/NCS・EMGで脱神経所見、MRIでガングリオン・腱板病変の併存を確認。


リハビリテーション(可逆性を想定)

1) 負荷コントロール

  • オーバーヘッド反復・極端な水平内転位など牽引/圧迫肢位の回避。急性期は痛みの出ない範囲でROM維持

2) 肩甲帯再教育(SICK肩甲骨対策)

  • 胸椎伸展・胸郭可動性の改善。

  • 肩甲骨後傾・上方回旋・内転の協調:下部僧帽筋・中部僧帽筋・前鋸筋の賦活、小胸筋・後方関節包のタイトネス低減。

  • ネック&スキャプラセッティングで上肢挙上時の肩峰下スペースと神経牽引の両立を図る。

3) 筋機能

  • 棘上/棘下低負荷・高回数痛みなしから開始。急性期の高負荷外旋・反復投球は回避。

  • 腱板協調(ER/IRの比率、下角の制御)と肩甲上腕リズムを整える。

4) 神経・軟部滑走

  • 肩甲切痕・棘窩切痕周囲の軟部組織を低刺激でモビライゼーション。神経滑走は過牽引回避で短時間。

5) 医療連携

  • 嚢胞性ガングリオンや難治例は画像で同定し、穿刺・減圧/鏡視下切除を検討。EMGで再生所見が乏しければ外科の適応評価。

筋力強化“だけ”先行は禁物。まず原因(牽引・圧迫・嚢胞)除去肩甲帯の最適化を優先。


よくある質問(Q&A)

Q1. 根支配はC5–6で正しい?
A. はい。標準はC5–C6で、C4が参加することもあります。

Q2. 棘下筋だけがやせている。断裂?神経?
A. 棘下筋単独萎縮+外旋低下棘窩切痕での肩甲上神経絞扼を強く示唆。MRI/エコーでガングリオンもチェック。

Q3. 斜角筋症候群でも肩甲上神経は障害される?
A. 斜角筋隙(上幹レベル)の圧迫なら肩甲上神経を含め上幹領域に影響し得ます。肋鎖間隙/小胸筋下など下位の胸郭出口では肩甲上神経は巻き込まれにくい。

Q4. いつから筋トレを始める?
A. 疼痛・神経刺激所見が沈静し、日常動作で悪化しない範囲から低負荷・高回数で開始。過負荷外旋・投球は段階的復帰。

Q5. 予後は?
A. 牽引性ニューロパチー数週~数か月で改善する例が多い。嚢胞圧迫除圧で速やかに改善することも。


最終更新:2025-10-02