概要

肩甲下筋は肩甲骨前面に広がる強力な内旋筋で、上腕骨頭を関節窩の中央へ求心化して肩を安定させます。ここにトリガーポイント(TP)ができると、肩の可動域(特に外旋・背中に手を回す動き)が大きく制限され、肩の痛み・硬さ・関節雑音の主要因になります。肩関節周囲炎(いわゆる五十肩)でも回復の鍵になることが多い筋です。
症状(どこにどう痛む?)
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肩の後方・関節深部の強い痛み(典型)
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手首背側(手関節背側)の痛みがほぼ必発の関連痛サイン
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肩前部の圧痛点(上腕骨近位の付着部)
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外旋・水平外転・背中へ手を回す動作で強く痛む/動かしにくい
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肩を回すと**ゴリゴリ音(関節雑音)**が出ることがあり、TP鎮静で軽減
よくある原因・誘因
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予期せぬ負荷や転倒・打撲(急性発症のきっかけ)
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長期不動(骨折後の固定、脳卒中後、体調不良で動かさない など)
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スポーツ・反復動作:投球、テニス、スイム、過負荷トレ
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加齢+姿勢不良:巻き肩・肩甲骨前方化で腱板ストレス増
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体調不良時の無理な運動(炎症を長引かせやすい)
触診・自己チェック
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ランドマーク:腋窩から肩甲骨外側縁(前面)へ指腹を滑り込ませる
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収縮確認:肘を体側で内旋(肘を外へ押し出す)→指下が硬く張る
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再現痛:背中に手を回す/外旋抵抗で肩後方深部~手首背側に響く
※腋窩には血管・神経束があります。強圧は厳禁、しびれ・冷感・拍動痛が出たら即中止。
自分でできる対処(痛みが軽度〜中等度)
1) 生活・姿勢の調整
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デスクは前腕支持を確保。マウスは体幹に近づける
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荷物は身体に近づけて持つ(ぶら下げ保持を避ける)
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胸椎の伸展可動性と肩甲骨後傾・下制を先に作る
2) やさしいセルフリリース(腋窩アプローチ)
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座位で患側腕を胸の前で軽くクロスして肩甲骨を外へ
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反対手の指腹で腋窩から肩甲骨外側縁の内側方向へ浅く触れる
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3/10以下の圧で“圧→数秒保持→離す”を1か所6〜12回、1日2〜3セット
痺れ・ズキン痛・気分不良は中止。深追いせず“浅く広く短く”。
3) ストレッチ(痛み3/10以内)
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手を背中へ回す(内旋・内転)→反対手で手首をやさしく内側へ
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肩甲骨は後傾・下制を意識。鋭い前方痛・痺れが出たら中止
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20–30秒 × 2–3回/日
4) 低負荷トレーニング(順序が重要)
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等尺外旋(痛みゼロで5秒×8–10回)
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**フルカン(肩甲面外転)**0→90°を軽負荷・無痛で
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軽い外旋エクサ:肘体側90°でチューブ外旋
すくみ肩NG。前鋸筋・下部僧帽筋で上方回旋・後傾を作ってから。
セラピスト介入の要点(参考)
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TP好発:肩甲骨外側縁の上方・下方端、前面付着部近傍
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短時間の持続圧・軽い摩擦+胸椎伸展・肩甲骨後傾の運動連鎖再学習
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初期は等尺(外旋・外転)→痛み基準で可動域を段階的拡大
鑑別が必要な状態
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腱板損傷(断裂):夜間の挙上不能、Drop-arm陽性、明確な筋力低下
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肩峰下滑液包炎/腱板炎:炎症コントロールで早期軽快することも
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頸椎由来痛、肩関節不安定症:頸部テスト/不安定性所見を併せて確認
受診の目安
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夜間痛が強く寝返り不能、力が入らない
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外傷後のしびれ・筋力著減
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自己ケア2〜3週で改善傾向がない
よくある質問(Q&A)
Q1. 外旋が全然出ません…何から始める?
A. まず痛み鎮静+胸椎伸展・肩甲骨後傾。次に等尺外旋→痛みゼロで範囲拡大。
Q2. 内旋ストレッチで前肩が痛い
A. 前方組織へ過負荷のサイン。可動域を浅くし、先に肩甲骨の後傾と関節包の軽モビライゼーションを。
Q3. 五十肩とどう関係?
A. 肩甲下筋TPと前方の癒着が外旋・背中へ手を回す動きを固めます。TP鎮静+滑走改善が経過を左右。
Q4. マッサージは強く押したほうが効きますか?
A. いいえ。腋窩は神経・血管が密集。強圧は危険で悪化しやすい。軽圧・短時間・頻回が原則。