骨盤骨折の概要と緊急対応
骨盤骨折の60〜70%は交通事故、約20%は転落などの高エネルギー外傷によって発生します。骨盤腔内には内腸骨動脈などの重要な血管や腹腔臓器が隣接しており、合併損傷が臨床上の大きなリスクとなります 。
- 出血性ショックへの警戒: 死亡例の約50%が出血に起因します。頻脈、血圧低下、皮膚蒼白、冷汗などのショック症状には細心の注意が必要です 。
- 初療の優先順位: 止血と循環管理を最優先し、骨盤バインダーによる外固定や造影CTによる出血源評価が行われます。
骨盤の構造と機能解剖

骨盤は上半身の重みを下肢に伝える「ブリッジ(橋)」として機能し、高い安定性が求められます 。
- 構成: 左右の寛骨(腸骨・恥骨・坐骨)と中央の仙骨・尾骨で構成されます 。寛骨は成長期にはY軟骨を介して結合していますが、女子は11〜14歳、男子は14〜16歳頃に骨性に融合し、一つの寛骨となります 。
- 連結と靭帯: 前方は恥骨結合、後方は仙腸関節で連結されます 。仙腸関節は非常に強力な靭帯(骨間仙腸靭帯、仙結節靭帯、仙棘靭帯など)によって補強されており、可動域はわずか2〜3mm程度と極めて制限されています 。
- 運動学: 仙骨が寛骨に対して前屈する動きをニューテーション(うなずき運動)、後屈する動きをカウンターニューテーションと呼び、これが骨盤輪の適合性と安定性に関与します 。
分類と受傷機転
- 寛骨臼骨折: 股関節の関節内骨折であり、将来的な変形性股関節症を防ぐため、正確な解剖学的整復が求められます 。
- 骨盤輪骨折: 骨盤の環状構造が破綻する骨折です。
- 軽症(安定型): 恥骨上・下枝骨折や腸骨翼骨折など。
- 重症(不安定型): Malgaigne(マルゲーニュ)骨折(一側の恥骨枝骨折と仙腸関節脱臼が複合し、垂直方向の不安定性を伴う)や、両側恥骨枝が骨折するStraddle骨折など 。
- 剥離骨折: 若年者ではスポーツによる筋の急激な収縮により、ASIS(縫工筋付着部)や坐骨結節(ハムストリング付着部)で剥離骨折が生じることがあります 。

Conolly分類(重症度)
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軽症(約2/3):恥骨・坐骨骨折/腸骨翼骨折
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重症(約1/3):寛骨臼骨折、straddle骨折(両側恥骨上下枝の縦骨折)、恥骨結合離開、Malgaigne骨折(一側下肢に垂直力→骨盤輪不安定)、仙骨・尾骨骨折
治療選択のポイント
- 寛骨臼骨折: 荷重面の不適合を最小限にするため、多くは**観血的整復固定術(ORIF)**が検討されます 。
- 骨盤輪骨折: 骨盤は海綿骨が豊富で血流も良いため骨癒合は比較的良好ですが、不安定型ではスクリューやプレートによる内固定が必要です 。保存療法では、骨折部への離開ストレスを避けるためのポジショニング(ハンモック挙上など)が重要となります。

リハビリテーションの段階的展開
1)急性期・安静期(廃用予防とコンディショニング)
- 患部外トレーニング: 骨盤に負担をかけない範囲で、足関節の底背屈運動(足関節ポンプ)を行い、全身循環の改善と浮腫軽減を図ります 。
- 呼吸リハビリテーション: 横隔膜呼吸(腹式呼吸)を指導します。横隔膜や腹横筋、骨盤底筋群はユニットとして働き、腹圧を高めることで骨盤内部からの安定化(Force Closure)に寄与します 。
- 筋緊張の抑制: 長期臥床により短縮しやすい脊柱起立筋群や腸腰筋に対しては、愛護的なリリースや等尺性収縮後の弛緩を用いたアプローチを検討します 。
2)離床〜免荷期(静的安定性の獲得)
- 段階的離床: 長期臥床後は起立性低血圧のリスクが高いため、ギャッジアップから端座位、立位へと慎重に進めます 。
- インナーマッスルの活性化: 腹横筋や多裂筋の等尺性収縮を促し、骨盤輪の動的安定性を高めます 。
3)荷重〜歩行訓練期
- 荷重開始の目安: 保存療法の場合、不安定型では医師の指示に基づき8〜12週頃より部分荷重を開始します。
- 負荷の可視化: 平行棒内で体重計を2台使用し、患側への荷重割合をリアルタイムでフィードバックしながら進めます 。
- 歩行補助具の選択: 免荷の必要性に応じて、歩行器、松葉杖、ロフストランド杖などを段階的に変更します。
リスク管理と禁忌事項(重要)
- 危険サイン(直ちに報告): 安静時にも増悪する骨盤痛(再転位の疑い) 下腹部膨満、血尿、排尿困難(泌尿器系損傷の再燃) 血圧低下、頻脈、貧血症状の進行 下肢のしびれ、筋力低下の増悪(神経根圧迫の疑い)
- 禁忌動作: 骨折部の離開方向への抵抗運動(不安定型における過度な股関節外転・内転など)。 荷重許可前の不用意な立ち上がり動作。 DVT/PE(深部静脈血栓症・肺塞栓症)
- 予防: 骨盤骨折は下肢の不活動によりDVTリスクが極めて高いため、弾性ストッキングの着用、間欠的空気圧迫法の併用、早期の足関節運動が必須です 。
最終更新:2026-05-29