前十字靭帯損傷のリハビリ治療に関して、わかりやすく解説していきます。
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前十字靱帯の概要
前十字靭帯(Anterior Cruciate Ligament:ACL)は、大腿骨の外側顆内側から脛骨の顆間隆起前方に付着している関節包内靱帯です。
全長は約3㎝で、幅は1㎝程度です。
役割としては、①脛骨の前方滑り出し防止、②膝関節過伸展を抑制、③脛骨の内旋を抑制、④側副靭帯と共同して内反外反を抑制します。
この靭帯は膝関節の角度に関わらず、常に一定の緊張を保ち、大腿骨に対する脛骨の前方移動を制動しています。
具体的には、膝関節完全伸展位で前方引き出し力の75%を受け、30度屈曲位、90度屈曲位では前方引き出し力の85%の力を受けます。
つまり、脛骨の前方移動に対してACLが抵抗する割合は、膝関節が30度及び90度屈曲位で最大となります。
そのため、徒手検査(ラックマンテンテストや前方引き出しテスト)では抵抗の高い角度で実施することにより、損傷の程度を確かめています。
ACLは前内側線維束(AMB)と後外側線維束(PLB)の二重構造となっており、AMBは膝屈曲位で緊張し、PLBは膝伸展位で緊張します。
両線維束が別々に緊張することで、全体としての膝関節の角度に関わらず、常に一定の緊張が保てるようになっています。
ACL損傷について
ACL損傷はサッカーやバスケットなどの急激な方向転換(減速)やジャンプの着地動作など、非接触型損傷が多い障害のひとつです。
接触して起こる状況としては、アメフトやラグビーで後方からタックルされることにより、脛骨に前方への強い外力が加わることで受傷します。
接触型と非接触型の割合は、非接触型が70%、接触型が30%で、非接触型では減速や着地時の受傷が全体の90%を占めています。
スポーツ選手では再建術後から復帰までに8〜10カ月を要し、受傷者の約13%は現役復帰が困難であったとの報告があります。
ACL損傷を起こしやすい膝関節
診療ガイドラインにおいて、大腿骨顆部顆間窩の幅が狭いヒトほど、ACL損傷を起こしやすいこととが報告されています。(Grade A)
そのリスクは狭いヒトで損傷率が5〜66倍になるとされており、高いリスクになりえることがわかっています。
一方で、従来よりリスクとして考えられてきた全身弛緩性や足部の形状等が損傷率を高めるという共通した報告はありません。
前十字靭帯が損傷した場合
受傷時はポップ音や膝の脱臼感、膝崩れがみられることが多く、受傷後は多少の困難さはありますが、切れたままでも歩行は可能です。
受傷の翌日には、膝に多くの血液が溜まっていること(膝関節血腫)に気付き、歩行困難となるケースが多いです。
ACL単独での損傷は少なく、半月板や内側側副靭帯の損傷を合併することが大半で、合併の度合いが活動性や予後に大きく影響を与えます。
前十字靭帯損傷は男性よりも女性に好発し、その頻度は2〜8倍です。
ACLは関節包内靱帯であり、血液の流れが非常に悪い場所なので、自然治癒することはほとんどありません。
損傷や断裂した場合でも、保存療法にて膝周囲の筋肉を鍛えることにより、日常生活やジョギング程度のスポーツは問題なく可能です。
ただし、ACL損傷後は時間経過とともに内側半月板や関節軟骨が損傷しやすくなり、活動レベルが高い装具未装着者ほどリスクが高まります。
スポーツ復帰は手術が絶対条件
ジャンプやカット動作の多いスポーツへの復帰は、保存療法だけでは困難であり、一般的には手術によって再建するしか治す方法はありません。
再建術によって得られる膝の安定性に関しては、再建までの期間の影響はありません。
しかし、陳旧例の再建術においては、スポーツの復帰度や自覚的な評価が新鮮例の再建術よりも若干劣る傾向にあります。
理由として考えられるのは、受傷からの期間が長くなるほどに内側半月板や関節軟骨を痛めている可能性が高いからです。
靭帯の役割について
組織は伝統的に、①上皮組織、②筋組織、③神経組織、④結合組織の4つに大きく分類されます。
結合組織というのは、組織についてあまり区別ができていなった時期に、①〜③に当てはまらない「その他」のようなカテゴリとして存在しました。
靭帯はそんな結合組織の一種であり、線維の配列が非常に密なため、弾性に乏しいことから密性結合組織または線維性結合組織とも呼ばれます。
筋膜や真皮の線維束は交織しているのに対し、靭帯は線維束の方向が一定しているため、引っ張られる方向への抵抗が強く丈夫です。
また、線維束の方向には柔軟で曲げやすいといった性質を持ち合わせています。
日常的な動きで伸張率が4%を超えることはありませんが、スポーツなどで伸張率が6%を超えると部分的な損傷が起き、8%を超えると断裂します。
診断に有効な画像検査
X線撮影では靭帯は写りませんが、脛骨に前方ストレスをかけながら撮影することで膝関節の動揺性を確認し、前十字靭帯と診断することも可能です。
ACL完全断裂者の場合、膝関節を30度屈曲位でストレスを加えると、左右差2㎜以上の前方動揺が認められます。
通常は左右差1㎜以内にとどまるため、この方法をとることで前十字靭帯損種の有無を確認することができます。
確定診断にはMRI撮影が有効で、画像から靱帯損傷の度合いなども確認することができます。
手術療法について
成長期から思春期のACL損傷に対する保存療法の成績は不良とする報告が多く、将来を見据えて手術が選択される場合が多いです。
また、中高齢者においても若年者と同様の結果が得られ、60〜80%の症例で受傷前のスポーツレベルへの復帰が可能となります。
復帰できる割合は受傷前のレベルが高かったほどに可能となり、プロのスポーツ選手の復帰率は約87%とされています。
したがって、年齢よりも患者の活動性、合併損傷、膝不安定性の程度、治療プログラムへの参加が可能かどうか等を考慮して手術適応は決定します。
前十字靭帯の再建術では、半腱様筋腱(ST)と薄筋腱(G)を用いたSTG再建術、または骨付き膝蓋腱を用いたBTB再建術のどちらかが実施されます。
以前は一次縫合術も実施されていましたが、ACLは血流も乏しく、保存的治療と大差を認めないため、現在ではほとんど行われることはありません。
手術の後遺症
STGは採取によってハムストリングスの筋力低下、BTBは採取によって膝前面部痛が問題となりやすいです。
近年、ACLがAMBとPLBに機能的に分かれていることから、この二束を解剖学的に再建する解剖学的二重束再建術を行う病院が増えています。
STG再建術に関する無作為割付前向き研究では、受傷後早期に再建術を施行しても術後可動域に有意差はないと報告しています。
しかし、再建術によって後々の変形性膝関節症の発症を防ぐというエビデンスもありません。
それよりも、ACL損傷に合併して生じやすい内側半月板損傷の存在が重要で、切除後は関節の変形を進行させます。
半腱様筋腱は再生する
半腱様筋腱(ST)を採取した場合に、しばらくすると健常組織に類似した組織構造を持つ腱が再生されることがわかっています。
しかし、健常STと比較すると1〜5㎝ほど近位に付着することになるため、最大屈曲位付近では筋出力が低下することになります。
全体の筋力に関してはほとんど健常と同等のレベルまで改善するため、STのみで対応できる場合は、なるべく薄筋腱(G)は温存するようにします。
徒手検査の方法
Lachmann test
背臥位にて膝関節を30度屈曲位とし、一方の手で患者の大腿遠位部を、他方の手で脛骨近位部を把持し、前方に引き出す力を加えます。
実施時は、ハムストリングスが脱力していることを確認します。
ラックマンテストは検者内信頼性と検者間信頼性のどちらもが高く、陽性率も高いことからACL損傷に対して最も一般的に実施されるテストです。
変法として、簡単な器具一式を用いて、膝屈曲20度で9㎏の重量をかけての前方移動量をレントゲン撮影する方法があります。
器具を用いる必要はありますが、この変法テストは定量的で再現性の高い方法であるため、治療効果の判定などにも有用となります。
前方引き出し徴候
背臥位にて膝関節を90度屈曲位とし、両手で脛骨近位端を把持し、患者の足部を固定した状態から脛骨近位端を前方に引き出します。
膝関節が90度屈曲位であるため、座位にて実施することもできますが、その場合は再評価時に条件を整えて実施する必要があります。
前述したように膝関節屈曲位では前内側線維束(AMB)が緊張するので、ラックマンテストよりもAMBの損傷を確認することに適しています。
リハビリテーション
再建術後の初期では、移植腱にストレスが加わらないように保護しながら運動機能の改善を図っていきます。
移植腱の再血行化およびリモデリングには約3ヶ月かかり、この時期には移植腱を通す骨孔も過度なストレスによって拡大しやすい状態です。
そのため、術後3ヶ月以降から徐々に運動強度を上げるようにし、スポーツ復帰には最短でも半年以上が必要です。
再建術後48時間を寒冷療法によって5〜10℃に保った場合に、疼痛、鎮痛剤の服用量、出血量が有意に少なくなったという報告もあります。
前十字靭帯損傷のリハビリテーションの要点
- 再受傷や再腱靭帯へのリスクを考慮した段階的リハビリテーション
- 受傷後、再建術後の大腿四頭筋、特に内側広筋の筋力低下を予防
- 伸展60度以下での大腿四頭筋単独収縮(OKC訓練)では、脛骨の引き出し力が生じ、再建靭帯へのストレスとなるため注意する
- 脛骨の前方不安定性を防ぐためにハムストリングスの筋力強化が重要
- 膝の内外反コントロールや安全な動作獲得のために、体幹筋や腹筋群、足関節・足部など全身の運動連鎖も意識したトレーニングを実施する
OKC訓練とCKC訓練
OKCは開放運動連鎖とも呼ばれており、SLRやレッグエクステンションのような非荷重位での単関節運動を指します。
CKCは閉鎖運動連鎖とも呼ばれており、スクワットなどの荷重位での多関節運動のことを指します。
ACL損傷例に対しては、OKC訓練とCKC訓練に大きな差はないものの、OKC訓練の方が大腿四頭筋の筋力改善は大きいとされています。
しかしながら、OKCのほうが脛骨の前方移動量が大きいため、脛骨近位部にバンドをかけて前方変位を抑制して実施することが大切です。
エアロバイクなどのペダリングは比較的にACLへの負荷が少ないため(片脚スクワットの1/3程度)、安全に実施できる運動ともいえます。
関節固有感覚は改善するのか
ACL再建によって障害された関節固有感覚は時間とともに改善しますが、健側と同程度に回復するか否かについては明らかではありません。
感覚の誤差については、閉眼した状態で膝関節の角度を指定して曲げてもらい、左右差やズレを定量的に計測することが望ましいです。
運動機能やスポーツ活動度に関節固有感覚の改善が相関すると報告されているので、早期より神経運動器協調トレーニングを実施していくことが推奨されます。
具体的には、非荷重時期より足趾の運動(タオルギャザー、ボール転がし、ビー玉拾い)、スライドボード運動、不安定板運動などを行います。
装具療法の効果について
装具着用にて保存療法を実施した場合は、膝の不安定性が消失するまでに3〜6カ月を要すると報告されています。
高齢でスポーツ復帰のレベルまでを望まない症例も多いため、そのような場合は装具療法とリハビリのみで対応することもあります。
しかし、保存療法では継続的な疼痛や膝崩れ感が残存する場合もあるため、生活に支障をきたすようなら手術療法を検討します。
ACL損傷の予防効果について
ACL損傷の予防には、①着地動作の指導、②ジャンプトレーニング、③バランストレーニング、④ハムストリングスの強化が有効です。
ACL損傷は非接触損傷が多く、定型的な肢位で受傷しやすいため、そのような肢位に陥らないように指導することは非常に重要です。
ジャンプトレーニングでは、ジャンプ動作時に膝屈曲角度の増加、膝間距離の拡大、膝外反モーメントの低下を意識して行います。
バランストレーニングでは、バランスボードを用いるなどして膝関節をコントロールできるように練習していきます。
ハムストリングスの収縮はどの角度においても脛骨を後方へ引き付けるように働くため、鍛えることでACLへの負担を軽減することが可能です。