医者やセラピストの間では、「正座=膝に悪い」というのはすでに定着している見解だと思います。
しかしながら、どうして膝に悪いかと聞かれたら、それほど明確に制限するほどの理由は見当たりません。
もちろん神経や血管を圧迫するので脚がしびれる原因になりますが、少しぐらいの正座ならとくに問題はないはずです。
骨が変形していて周囲組織に悪影響を及ぼしたり、靭帯が損傷していて負担をかけることで断裂するリスクがあるなら制限するのはわかります。
そのような明確な理由がないにも関わらず、正座は膝に悪いと頭ごなしに否定することはやめたほうがいいでしょう。
実際に臨床では、正座をできるようになりたいといった訴えはとても多く、現在でも日本人にとっては重要な習慣だと感じています。
以前に膝関節屈曲を制限する因子をまとめて書きましたが、ほとんど実用性がないので、今回は実際のアプローチを中心に書きます。
最も大切なのは、膝関節を深屈曲した際にどの部分に痛みを訴えるかであり、そこを解決しないことには先へ進めません。
臨床でよく遭遇するのは膝窩の痛みですが、本来、膝裏には神経や血管が通ってはいるものの、屈曲を制限するような組織は存在しません。
膝窩痛を訴える患者の膝窩に触れてみても、あまり硬さもなく(ベーカー嚢胞はよくありますが)、圧痛もありません。
次に膝を他動的に屈曲させてから痛みのある位置で止め、膝窩に触れてみると、外側で過剰に収縮するハムストリングスを触知できます。
ご存知のようにハムストリングスは膝関節の屈曲に作用する筋肉であるため、他動的に屈曲した際は弛緩するはずです。
それが過剰に収縮しているということは、なにかしらの原因で短縮時痛が生じているということになります。
正直なところ、その理由については不明ですが、フィラメントの滑走性などに問題があることで痛みが生じ、攣縮すると考察しています。
ハムストリングスが過剰に収縮すると膝窩筋膜を牽引して痛みを起こし、やがてこの異常な牽引を修正しようとして嚢胞が生じます。
過剰な収縮が確認できたら、次は半腱様筋と半膜様筋、大腿二頭筋のうち、どの筋肉の影響が強いかを確かめます。
確認手段としては、問題となっている筋肉を指で圧迫しながら屈曲することで牽引ストレスから解放され、痛みが減少します。
ほとんどの場合は大腿二頭筋が影響しているので、まずは外側から確認すると効率的です。
治療方法としては、患者に腹臥位をとってもらい、施術者は大腿後面の中央に指を置いて後方筋膜をマッサージしていきます。
必要に応じて膝窩部の筋膜もリリースすることにより、さらに膝関節屈曲の可動域を拡げることが可能です。
膝裏ではなく、膝の前面に痛み(突っ張り感)を訴える場合は、膝蓋上包の短縮が問題となっている可能性があります。
膝蓋上包は膝関節の炎症などで癒着や短縮が起こりやすく、その状態では伸びることができずに屈曲を制限することになります。
膝関節前面の制限因子は他にも、皮膚や筋膜、筋肉、靭帯などの影響が考えられますが、あまり多くはありません。
問題があったとしても、視診や触診で確認することができるため、それほど見つけることも難しくはないでしょう。
骨の変形に伴う制限の場合は、エンドフィールで骨のぶつかる硬さが感じられるので、こちらもすぐにわかります。
膝蓋上包に問題がある場合は、膝関節を深屈曲した際にどこが痛むかを尋ねると、膝前面をさすりながら「この辺り」と答えます。
これは膝関節包が伸張ストレスにさらされることで疼痛が起きるために、ピンポイントでここが痛いといえないことに起因します。
膝蓋上包に癒着が存在している場合は、重度の屈曲制限が起きるために剥離操作が必要となります。
具体的な方法としては、膝上を指で掴んで持ち上げるようにして大腿骨と引き離したり、左右に揺らして硬結部位をほぐしていきます。
屈曲制限が軽度で正座までもう少しといった患者では、膝蓋上包の癒着ではなく短縮が原因の場合もあります。
短縮しているものは伸ばしていく作業が必要なので、膝関節を深く曲げた状態でスタティック・ストレッチングを行います。
お風呂の中で正座をする練習も効果的で、温熱と浮力の影響によって痛みも少なく実施することができます。
正座を再獲得するまでには長期間を要することも多いので、地道にやっていくように頑張ってください。