痛みを抑えるためのアプローチについて考察していきます。
この記事の目次はコチラ
疼痛の発生メカニズム
痛みを治療するために、まずは疼痛の発生機序を知っておく必要があります。
痛みは様々な刺激を侵害受容器(ポリモーダル受容器、高閾値侵害受容器)が感知することで発生します。
感知された情報は電気信号に変換され、神経を通して視床に集約され、最終的には大脳皮質や大脳辺縁系に伝達されます。
そのため、実際に痛みを感じている場所は大脳皮質の感覚野であり、不快感などは大脳辺縁系にて感じることになります。
痛みを伝える神経線維
侵害受容器で感知されて電気信号となり、神経線維を通して痛みは伝達されますが、神経線維には六種類が存在します。
その中の、Aδ(Ⅲ)とC(Ⅳ)の神経線維が痛みを伝達する経路です。B線維も交感神経に関与しており、過度な刺激は痛み起こす原因となります。
そのため、細い神経は痛みに関与する伝達経路であると覚えておくといいでしょう。
Aδ線維は一次痛(刺すような鋭い痛み)、C線維は二次痛(一次痛から遅れて発生するズキズキした痛み)を伝達します。
名称 | 太さ(μm) | 伝導速度(m/秒) | 機能 |
Aα(Ⅰa) | 20 | 100 | 運動刺激・深部感覚 |
Aβ(Ⅰb) | 10 | 50 | 触覚・圧覚 |
Aγ(Ⅱ) | 5 | 25 | 筋紡錘への運動刺激 |
Aδ(Ⅲ) | 3 | 13 | 痛み・温度覚 |
B | 2 | 7 | 交感神経節前 |
C(Ⅳ) | 1 | 1 | 痛み・交感神経節後 |
PTがアプローチできるポイント
痛みのメカニズムについて解説してきましたが、実際に理学療法士がアプローチできる部分としては、以下の5つが挙げられます。
- 機械刺激の除去
- 化学刺激(発痛物質)の除去
- 認知の歪みを矯正
- 痛みの伝導路を遮断
- 鎮痛系の賦活(交感神経の抑制)
①機械刺激の除去
疼痛を改善または予防していくためには、疼痛を引き起こすことになった原因である機械刺激を除去することが必要です。
例えば、不良姿勢などが原因で限局的な負担が増加している場合、アライメントを調節することで機械刺激を減らすことができます。
具体的な方法として、姿勢矯正や環境調整、補助具などの利用が考えられます。
上図は、蒲田先生が提唱するリアライン・トレーニングにおける姿勢矯正のための3ステップになります。
ポイントとしては、①Realign、②Stabilize、③Coordinateの順番で進めていくところです。
機械刺激を減らすために環境調整や補助具の活用も有効であり、必要に応じて検討していきます。
②化学刺激(発痛物質)の除去
筋肉が過度な緊張状態にあると、筋肉内では酸素が足りなくなり、筋肉には乳酸が溜まってきます。
この乳酸がきっかけとなり、発痛物質や痛みを感じやすくするプロスタグランジン等の物質が発生します。
その刺激が痛みの信号となり、神経を通じて脳に伝わって、痛みとして感じられます。
筋緊張は、錘外筋を支配するα運動ニューロンの発火状態に依存しており、支配筋には常に一定の緊張状態が生じています。
このα運動ニューロンが過剰に働きすぎると、筋肉は過度な緊張状態となり、血流障害が起きて酸素が欠乏するわけです。
そのため、α運動ニューロンを抑制させることが必要で、方法としては錘内筋に適度な刺激を与えるようにします。
錘内筋は特殊な骨格筋で、筋紡錘(筋の伸縮状態を感知する受容器)のなかに存在しており、感知した状態に応じてα運動ニューロンの興奮を調整します。
筋肉を直接マッサージして緊張が緩むのは錘内筋が刺激されるからです。
錘内筋以外でα運動ニューロンを抑制する組織に「腱受容器」があります。
腱受容器に刺激を与える(腱部を圧迫または伸張する)と、Ⅰb線維を通してα運動ニューロンを抑制します。これをⅠb抑制テクニックとも呼びます。
まとめると、過度な筋緊張を抑制するためには、筋肉(厳密には錘内筋)や腱部(厳密には腱受容器)に適度な刺激を与えることです。
発痛物質の除去には「温熱療法」が用いられることも多く、患部を温めることで血行の改善、疼痛閾値の上昇などが期待できます
③認知の歪みを矯正
急性痛を慢性痛に移行させないことが大切とよく言われますが、これは「痛みに対する記憶強化をさせない」という意味です。
ヒトは大脳の海馬で記憶しますが、記憶とは覚えた内容や動作の電気パターンが長期間、再現されやすくなった状態を指します。
これを記憶強化と呼びますが、記憶強化は痛みに対しても起こることがわかっており、低刺激の電気信号でも強化してしまうことになるのです。
記憶強化の性質は海馬だけでなく、痛みを中継する脊髄後角にもあることが報告されており、伝導経路および大脳の問題と考えられています。
疼痛の記憶強化は「認知の歪み」であり、間違った認識として起こるので、修正には認知行動療法が有効とされています。
認知行動療法について簡単に説明すると、正しい知識を学んだり、成功体験を手に入れることで、問題となっている感情を変化させることです。
上図のフィルター部分を変化させることで、これまでと同じイベントにも関わらず、その後の考え方や行動が変化していきます。
疼痛の記憶強化に対しては、実際にはもう痛くないということを特定動作を反復して脳に教え込むことで情報を更新させます。
④痛みの伝導路を遮断
痛みの伝導路を遮断するためには、ゲートコントロール理論を利用した方法が効果的です。
ゲートコントロール理論とは、太い神経(Aα,Aβ,Aγ)を刺激することで抑制介在ニューロンを促進させ、痛みを伝えるT細胞を抑制できるという理論です。
痛い部位を手でさすることで痛みが和らぐのはこの機序によるものです。言葉だけでは理解しづらいので図を参考にしてください。
例えば、TENSはゲートコントロール理論を効率的に実施するために開発された低周波治療器で、太い神経(Aβ)を刺激することで除痛しています。
メルザックポイントとは、ゲートコントロール理論の提唱者でもあるMelzack氏の名前をとって付けられた疼痛の抑制部位です。
太い神経(Aβ)を刺激することで疼痛が抑制できることは説明しましたが、それは痛みのある直上の皮膚だけでなく、同一の皮膚分節内でも可能です。
例えば、痛みを起こしている原因筋線維がT3領域にある場合、反対側のT3領域を擦ることでも除痛が可能ということです。
場所によって抑制効果はバラバラであるため、とくに除痛効果が大きい部位を抑制部位(メルザックポイント)と呼びます。
抑制部位を刺激しながら原因筋線維にもアプローチすることができるため、マイオチューニングアプローチなどの手技で採用されています。
⑤鎮痛系の賦活(交感神経の抑制)
慢性痛に対するアプローチとして、自律訓練法、EMGバイオフィードバック療法、ヨガが有効であることが報告されています。
これらに共通することは、鎮痛系を賦活させる効果があることです。
具体的には、副交感神経を有意に高めることにより、痛みを伝えるC線維(交感神経節後)を抑制させることができます。
しかしながら、鎮痛系の賦活はあくまで一時的な対症療法に過ぎず、効果を持続させるためには習慣化させる必要が出てきます。
EMGバイオフィードバック療法とは、視覚的または聴覚的に運動が確認できるような機器を用いて、それを本人が確認しながらフィードバックしていく治療法です。
そして最終的には、不随意で感知できないような生理的現象を、随意的にコントロールが可能な状態に持っていきます。
具体的な方法としては、バイタルチェックなどで交感神経優位となっていないかを確認することです。
交感神経が優位になっていると、体温低下や血圧上昇、心拍数増加などがみられるので、それらの数値でフィードバックしていきます。
交感神経優位 | 副交感神経優位 | |
体温 | ↓ | ↑ |
血圧 | ↑ | ↓ |
呼吸 | ↑ | ↓ |
心拍数 | ↑ | ↓ |
血行 | ↓ | ↑ |
免疫力 | ↓ | ↑ |
消化 | ↓ | ↑ |