尺骨神経の概要
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神経根:C7–T1(腕神経叢の内側神経束由来)
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上腕:上腕内後側を下降 → **上腕骨内側上顆後方(尺骨神経溝)**を通過
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肘:肘部管(cubital tunnel):内側側副靱帯・尺側手根屈筋の間を走行
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前腕:近位で 尺側手根屈筋(FCU)・**深指屈筋(FDP尺側)**へ筋枝、遠位で
背側皮枝(dorsal cutaneous branch) と 掌枝(palmar cutaneous branch) を分岐 -
手掌:屈筋支帯の**浅層(Guyon管)**を通過 → 浅枝(皮枝) と 深枝(筋枝) に分岐して終枝
| 1.前面から見た上肢の神経 | 2.後面から見た上肢の神経 |
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尺骨神経系の支配筋肉
尺骨神経系(尺骨神経から分岐する神経も含めた)が支配している筋肉は以下になります。
| 筋枝 | 深枝 |
| 尺側手根屈筋 | 小指球筋 |
| 深指屈筋 | 小指対立筋 |
| 小指外転筋 | |
| 母指内転筋 | |
| 第3,4虫様筋 | |
| 背側骨間筋 | |
| 掌側骨間筋 |
深指屈筋と短母指屈筋は正中神経との二重神経支配です。
尺骨神経の知覚領域
前腕部で分岐した背側枝【皮枝】と掌枝【皮枝】は、それぞれ手背の尺側と手掌の尺側の皮膚を支配しています。
手掌部で分岐した浅枝は、掌側の小指側1.5本分と背側の小指側2.5本分(一部)の指の皮膚を支配します。
よく絞扼される場所と名前
| 絞扼部位 | 病名・ポイント |
|---|---|
| Guyon管(豆状骨–有鉤骨鉤) | Guyon管症候群。手掌側のみの感覚/運動障害。手背は保たれることが多い。深枝障害で巧緻運動低下が目立つ。 |
| 肘部管(尺側手根屈筋起始部付近) | 肘部管症候群。手背・手掌の尺側ともに障害しやすい。肘屈曲・長時間の肘荷重で悪化。 |
| 尺骨神経溝(内側上顆後方) | 尺骨神経溝症候群。打撲や反復摩擦でTinel陽性。 |
臨床サイン例:Froment徴候(母指内転筋麻痺→IP過屈曲で代償)、Wartenberg徴候(小指外転位保持)、尺側爪先のしびれ、かぎ爪変形(ulnar claw)。
評価の要点
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感覚:掌尺側1.5指/手背尺側2.5指のピンプリック・二点識別
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筋力:骨間筋(指の開閉)、母指内転、MP屈曲・IP伸展パターン
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誘発:肘部Tinel、肘屈曲テスト(肘屈曲+手関節背屈で症状誘発)
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電気生理:NCS/EMG(伝導遅延・脱神経所見の層別化)
保存リハ(可逆性麻痺が前提)
目的:絞扼ストレスの低減+二次変形の予防+再教育(運動・知覚)。
1 生活指導・環境調整
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肘部管対策:肘の長時間屈曲・机端圧迫を避ける(電話・スマホ姿勢、就寝時の肘曲げ癖に注意)。
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Guyon管対策:**ハンドル圧(自転車・工具)**を減らす、分厚いグリップやゲルパッド。
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キーボード/マウス:手関節中間位、掌基部や尺側への荷重を減らす。
2 筋リラクゼーション
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FCU・小指球・前腕屈筋群の過緊張を触診で拾い、軽圧・持続伸張で緊張低下を図る。症状が軽減するなら使用量の是正も指導。
3 装具(変形予防)
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アンチクロー・スプリント(MP屈曲30–45°保持):MP伸展拘縮/PIP屈曲拘縮の進行を抑え、骨間筋・虫様筋の機能的ラインを確保。
※MMT≥3で機能的使用が十分なら日中装具は不要とすることも。
4 関節可動域(ROM)
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MP屈曲位でPIP/DIP伸展(内在筋代替パターンの学習)。神経に牽引痛が出ない範囲で他動→自動介助。
5 神経滑走(ニューロダイナミクス)
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低振幅・痛みなしを原則に、尺骨神経グライドを微量から。症状が上がる場合は即中止し、姿勢是正を優先。
6 知覚再教育
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触圧覚→テクスチャ識別→物体認知の順に視覚併用→閉眼へ段階化。創傷予防教育(熱・鋭利物)も必須。
7 筋力強化(MMT基準)
| MMT | 目標 | 例 |
|---|---|---|
| 1 | 収縮の再学習 | EMG-BF、軽い電気刺激の併用可 |
| 2 | 無重力で運動 | 自動介助(骨間筋の指開閉)、紙挟みでの母指内転促通 |
| 3 | 重力に抗して | 自動運動+巧緻課題(ピンチボード、硬貨操作) |
| 4 | 軽抵抗に抗して | エラスティック抵抗、つまみ力の段階増量 |
いつ外科紹介? 筋力低下が進行/安静・装具・生活調整で3–4か月改善が乏しい/明らかな伝導ブロックや重度脱神経所見 → 手術的除圧を検討。
鑑別のコツ(超要約)
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Guyon管:手背感覚ほぼ保つ+巧緻運動低下が目立つ(骨間筋・母指内転)。
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肘部管:手背も掌も尺側でしびれ。肘屈曲・肘圧迫で増悪。
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頸部病変(C8/T1):上肢近位筋や前腕屈筋の広域所見、頸部誘発で悪化。
よくある質問(Q&A)
Q1. 小指側だけ痺れる。Guyon管と肘部管の見分けは?
A. 手背の痺れがあれば肘部管の可能性が高い。Guyon管は手背が温存されやすいです。
Q2. 夜間の悪化を抑える姿勢は?
A. 肘軽伸展・手関節中間位を保つ。肘を強く曲げて寝ない/枕端で肘を圧迫しない。
Q3. どのくらいで良くなりますか?
A. 可逆性・軽症なら数週~数か月で改善が見られることが多いですが、進行例や脱神経では長期化し、外科的除圧が必要なことも。
Q4. 筋トレはいつから?
A. 痛み・しびれが落ち着き、MMT2–3を確認してから無痛域・低負荷で開始。痺れ増悪や夜間痛が出たら強度を戻す。
Q5. キーボードやマウスは替えた方がいい?
A. はい。リストレストで手掌圧分散、トラックボールやエルゴノミクスマウスで尺側荷重を軽減すると楽になることが多いです。
Q6. かぎ爪変形は元に戻る?
A. 早期介入とMP屈曲保持装具で進行予防が可能。固定変形化した場合は装具+手術を検討します。
最終更新:2025-09-08




