はじめに:その「肩こり」、本当に運動器だけ?
肩・背中・腰の痛みで理学療法を受診する患者の中には、
運動器ではなく内臓由来の痛み(内臓関連痛)が紛れ込んでいることがあります。
-
心筋虚血なのに「左肩〜腕の痛み」だけを訴える
-
胆嚢炎なのに「右肩甲間部のコリ感」が前景に出る
-
腎盂腎炎や尿路結石なのに「腰背部痛」として来院する
といったケースは、古典的な内科テキストでも繰り返し挙げられています。TeachMeAnatomy+3ウィキペディア+3MedCentral+3
PTが診断をする必要はありませんが、
-
「これは機械的腰痛っぽい、リハでみてよさそう」
-
「これは内臓か何か、運動器以外を疑ってDrに送りたい」
ぐらいの切り分けができると、患者の安全性も信頼も大きく変わります。
この記事では、
-
内臓関連痛のざっくりした仕組み
-
「この部位の痛み → この内臓の可能性あり」というマップ
-
PTが拾いたい危険サイン(レッドフラッグ)
-
サーモグラフィや圧痛分布をどう“ヒント”として使うか
-
「治療」と「紹介」の線引きをどう考えるか
をまとめていきます。
1. 内臓関連痛とは何か:ざっくりメカニズム
**内臓関連痛(referred visceral pain)**とは、
「傷害された内臓とは別の体表・筋骨格系の部位に感じる痛み」のことです。ウィキペディア+1
よく言われるメカニズムは、
-
内臓からの求心性線維と、
-
体性(皮膚・筋)の求心性線維が
**脊髄後角などで収束(convergence)**していて、
脳側からは「どこから来た信号か区別しづらい」という仮説です。
ざっくり言うと、
「脳が“よく知っている場所(皮膚・筋)”の痛みだと誤解する」
ことで、
本当は胆嚢が炎症を起こしていても、肩〜肩甲間部の痛みとして感じられることがあります。MedCentral+2Cleveland Clinic+2
2. 痛みの部位と内臓の関係マップ(あくまで“可能性”)
2-1. ざっくりマップ
※あくまで「そういう可能性もある」というレベルで、
これだけで診断するものではないことは強調しておきます。
| 主な痛みの部位 | 関連しやすい内臓の例 | 随伴症状の例 | PTがチェックしたいポイント |
|---|---|---|---|
| 胸〜左肩・左上肢 | 心臓(心筋虚血・心筋梗塞など) | 胸部圧迫感、息切れ、冷汗、悪心 | 労作で増悪、安静でも続く胸部症状があれば即紹介 |
| 右肩〜右肩甲間部 | 肝臓、胆嚢、横隔膜 | 右季肋部の違和感、脂っこい食事後の増悪、発熱 | 食事との関連・発熱・黄疸(眼球黄染)の有無を確認 |
| 心窩部〜背部(帯状) | 胃・十二指腸、膵臓、大動脈 | 食後or空腹時に増悪、体重減少、吐き気 | NSAIDs長期使用歴、黒色便、激烈な突発痛ならDrへ |
| 片側腰背部〜側腹部 | 腎臓・尿路(結石・感染など) | 排尿時痛、血尿、発熱、悪寒 | 叩打痛(CVA tenderness)と排尿症状の有無を問診 |
| 下腹部〜鼠径部 | 尿路、生殖器、虫垂、結腸など | 排尿・排便の変化、発熱、嘔気 | 月経周期との関係、便通異常、夜間痛を確認 |
| 肩甲間部〜胸椎周囲 | 食道、心臓、大動脈、肺 | 嚥下時痛、呼吸困難、咳嗽、胸部不快感 | 運動器テストで再現しにくい痛み+内科症状は要注意 |
TeachMeAnatomy+3MedCentral+3Cleveland Clinic+3
2-2. 「運動で再現できない痛み」は要警戒
-
「この動作で必ず痛い」という機械的パターンが乏しい
-
安静でも持続し、体位変換やストレッチで変化しにくい
-
絞るような、圧迫感、灼熱感などいつもの筋肉痛と質感が違う
こうした痛みは、
内臓/血管/悪性腫瘍などを含めて“運動器以外”を疑うサインとして扱う方が安全です。日本理学療法士協会+2ORA+2
3. 内臓関連痛と運動器痛をどう見分けるか
3-1. 痛みの性状の違い(ざっくり)
| 項目 | 運動器由来の痛みの典型 | 内臓関連痛の典型 |
|---|---|---|
| 局在 | 比較的はっきり・指で示せる | ぼんやり広い・手のひらで示す |
| 体位/運動との関係 | ある特定の動き・姿勢で再現しやすい | 体位と無関係、あるいは微妙 |
| 触診 | 圧痛点が明瞭に取れる | 触っても「ここ!」がはっきりしない |
| 24時間プロファイル | 朝がつらい・動き始めで悪化などパターンあり | 夜間・安静時に増悪しやすいことも |
| 随伴症状 | 局所のこわばり、しびれなど | 発熱、悪心、発汗、息切れ、便通異常など内科症状を伴いやすい |
※もちろん例外は多く、
単項目での判断ではなく「組み合わせ」で考える必要があります。日本理学療法士協会+2サイエンスダイレクト+2
3-2. 典型的な「危ないパターン」の例
-
運動器の既往もないのに、
突然発症した激烈な胸痛/背部痛/腹痛 -
休んでも治まらず、顔面蒼白・冷汗・呼吸苦を伴う
-
数週間〜数ヶ月で体重が勝手に減っている
-
がんの既往歴があり、説明のつかない新規の痛み
-
背部痛に発熱・夜間盗汗・倦怠感が合併(感染や悪性の可能性)
こうしたパターンは、
**PTの守備範囲を越える「赤信号」**として、
すみやかに医師評価を優先すべきとされています。PMC+3日本理学療法士協会+3サイエンスダイレクト+3
4. PTが拾いたいレッドフラッグと紹介のタイミング
4-1. 問診で必ず押さえたい項目
-
痛みの発症様式
-
急激/徐々に
-
外傷歴の有無
-
-
24時間の痛みの変化
-
夜間痛で目が覚めるか
-
体位や運動で変化するか
-
-
食事・排泄・月経との関係
-
食後/空腹時に悪化しないか
-
便通異常(血便・黒色便・便秘+腹痛)
-
排尿時痛・血尿
-
-
全身状態の変化
-
発熱、悪寒、倦怠感
-
3ヶ月で○kg以上の体重減少
-
-
既往歴・薬歴
-
心疾患・消化器疾患・腎疾患・悪性腫瘍
-
ステロイド、NSAIDs長期使用など
-
これらは、
「運動器+α」のスクリーニングとしてPTが日常的に聞いてよい項目であり、
ガイドラインでも**“非運動器病変をスクリーニングする際に問診が最重要”**とされています。PMC+2PMC+2
4-2. こんな時は“治療より紹介”を優先
次のような状況では、
-
その日は徒手・運動療法は最低限〜中止
-
主治医 or 近隣の医療機関への受診を最優先
という判断が妥当です。
-
新規の胸痛+左肩〜腕の痛み+息切れ
-
右季肋部痛+発熱+黄疸傾向
-
腰背部痛+発熱+CVA叩打痛+排尿時痛
-
腰痛+排尿/排便障害+会陰部のしびれ(馬尾症候群の疑い)
-
既往がん患者の新規の夜間痛・安静時痛
Physiopedia+3日本理学療法士協会+3Physiopedia+3
PTとしては、
「運動器として扱うには説明のつかないパターン」
を見抜き、**“treat”ではなく“refer”あるいは“treat and refer”**を選択することが、
安全な医療提供のコアになります。ResearchGate+2NMPT+2
5. サーモグラフィ・圧痛分布をどう使うか
5-1. サーモグラフィの役割
近年、赤外線サーモグラフィは、
-
関節炎・術後疼痛・スポーツ傷害などの局所炎症評価
-
リハ治療の効果モニタリング
などに使われ始めています。PMC+3MDPI+3PMC+3
内臓関連痛に対しても、
-
自律神経の変化に伴う皮膚温の左右差
-
痛みの分布と皮膚温のパターンのズレ
といったヒントを与えてくれる可能性はありますが、
「サーモグラフィだけで内臓疾患を診断する」
という使い方は現時点では現実的ではありません。
5-2. PTとしての実務的な使い方
-
典型的な筋・関節障害であれば、
→ 痛みの部位と温度変化の分布がある程度一致しやすい -
逆に、
→ 痛みの訴えと皮膚温パターンがまったく一致せず、
→ 内科症状やレッドフラッグを伴う
といったケースでは、
「やはり運動器だけでは説明しきれない。内科的評価が必要そう」
という**“補助的な判断材料”**として扱うのが現実的です。
6. 症例ミニスケッチ:PTがどう動くか
症例1:右肩こりと思っていたら胆嚢炎
-
40代女性。主訴は「右肩甲間部のコリと鈍痛」
-
2週間前から徐々に増悪。マッサージでは一時的に軽減
-
問診で「脂っこいものを食べた後に強くなる」「微熱感あり」を聴取
-
右季肋部に違和感、軽い圧痛
-
肩・頸椎の運動では痛みが再現されにくい
→ PTとしては、
-
頸椎・肩の簡単なスクリーニングで明らかな機械的要因が乏しい
-
食事との関連+微熱+右季肋部症状
を踏まえて、
「胆嚢・肝臓を含む内科的評価の必要性」を説明し、受診を強く推奨。
後日、胆嚢炎と診断され入院・加療となり、
「早めに受診を勧めてくれて助かった」と感謝されるパターンです。
症例2:慢性腰痛と思っていたら、内科疾患合併
-
60代男性。慢性腰痛歴あり
-
最近になって夜間痛が増え、胸焼け・黒色便も出てきた
-
L/SのROMで多少痛みは変わるが、24時間中ほぼ持続
-
既往歴:NSAIDsを長期使用、胃潰瘍歴あり
→ PTとしては、
-
典型的な機械的腰痛のパターンとは合致しない
-
胃症状+黒色便=消化管出血のリスク
という点から、
その日の徒手療法・運動療法は最小限にし、内科受診を最優先とする判断が妥当です。MedCentral+2PMC+2
7. まとめ:PTの役割は「診断」ではなく「見逃さないこと」
-
内臓関連痛は、肩・背中・腰の運動器痛に紛れやすい
-
痛みの部位と内臓の関係マップは、あくまで**“可能性のリスト”**であり、診断にはならない
-
PTが担うべきなのは、
-
問診・簡易評価・レッドフラッグのチェックを通じて
-
「これは運動器だけと決めつけると危ない」症例を見逃さないこと
-
-
サーモグラフィや圧痛分布などのツールは、
→ 運動器で説明できないパターンを見抜く“ヒント”程度に使う
最終的なメッセージとしては、
「運動器として説明できない違和感があるときは、迷わずDrとチームを組む」
これに尽きます。