筋肉の脂肪変性が疑われる患者のリハ戦略

はじめに:筋肉の「脂肪変性」とどう向き合うか

腱板断裂や変形性関節症、サルコペニア高齢者、神経障害後の症例などで、

  • 「筋腹が明らかに痩せている」

  • 「ぷよっとしていて筋肉というより脂肪っぽい」

  • 「画像レポートに脂肪変性・脂肪置換と書かれている」

といったケースは、臨床では珍しくありません。

こうした症例では、

  • 筋を“元の構造”に戻すことは難しい一方で、

  • 機能(出せる力・持久力・動作戦略)はまだ十分に伸ばせる

という、少しややこしい「期待値コントロール」が必要になります。

この記事では、「筋肉の脂肪変性が疑われる」患者に対して、

  • どんな場面で疑うか

  • どう評価して、どこまで回復を見込むか

  • 具体的にどんなリハ戦略をとるか

を、臨床で使いやすい形で整理していきます。


1. 筋肉の脂肪変性とは?

筋肉の脂肪変性(fatty degeneration)は、

筋線維が減少し、脂肪組織や結合組織に置き換わっている状態

を指します。

代表的な場面としては、

  • 腱板断裂に伴う棘上筋・棘下筋の脂肪変性(Goutallier分類など)

  • 変形性関節症に伴う大腿四頭筋・殿筋の質低下

  • サルコペニア・フレイルに伴う全身の筋量・筋質低下

  • 神経障害(末梢神経・脊髄・中枢)後の筋萎縮

などがあります。

ポイントは、

  • 「鍛えれば元通りになる筋」とは性質が違う

  • それでも残存筋線維・代償筋・動作戦略を工夫すれば、生活機能はまだまだ改善できる

という二重構造にある、ということです。


2. 脂肪変性を疑う典型シチュエーション

まず、「この症例は脂肪変性を前提に考えた方がいいかも」という場面を押さえておきます。

2-1. 代表的な状況を表で整理

シチュエーション 典型例 よく見るサイン
腱板断裂・慢性肩関節痛 棘上筋・棘下筋の脂肪変性 挙上筋力低下、明らかな肩周囲の萎縮、MRIレポートに「脂肪変性」記載
変形性膝関節症・股関節症 大腿四頭筋・殿筋の質低下 大腿周囲の左右差、筋腹が柔らかく弾力低下、立ち上がりや階段での出力不足
サルコペニア・フレイル 高齢者の全身筋量低下 体重減少、ふくらはぎ周囲の減少、歩行速度低下、握力低下
神経障害後 末梢神経・脊髄・中枢障害後 特定筋のみ著明萎縮、MMTでの強い低下、経過が長い例で筋腹がゴリゴリ硬い

こうした症例では、

「ローカルな筋力強化でゴリゴリ押し切る」というより、戦略の組み立てが大事

という前提を共有しておくと、治療者のストレスも減ります。


3. 評価のポイント:どこまで“回復”を狙えるかを見立てる

3-1. 病歴・タイムラインの確認

まず、「どれくらいの時間スケールで起こった問題か」をざっくり把握します。

  • 症状が出てから何年経っているか

  • 手術・ギプス固定・長期安静などがあったか

  • 神経障害(脳卒中・脊髄損傷・末梢神経損傷など)の既往は?

数ヶ月レベルの不使用と、5〜10年スパンの慢性経過では、筋の回復可能性がかなり違います。


3-2. 筋量と“質”の評価

臨床でよく使う項目を表にまとめます。

評価項目 見るポイント 具体例
周径測定 左右差・経時変化 大腿周囲、ふくらはぎ、上腕周囲など
触診(柔らかさ) ぷよぷよ+弾力低下=脂肪・結合組織増加を疑う OA膝の大腿四頭筋、サルコペニア高齢者のふくらはぎなど
触診(硬さ) ゴリゴリ硬い=線維化・筋膜癒着を疑う 長期不使用・神経障害後の筋など
エコー(環境あれば) 筋厚・エコー輝度(白っぽさ) 筋厚↓&輝度↑で脂肪・結合組織増加を推測

3-3. 出力と持久力の評価

  • MMTやHHDでの最大筋力

  • 反復テスト:

    • 30秒椅子立ち上がり

    • 1分カーフレイズ

    • サイドステップ回数 など

  • 疲労の出方:

    • すぐ力が抜けるのか

    • 痛みで止まるのか

    • 呼吸苦で止まるのか

→ **「どの要素がボトルネックか」**を分けておくと、トレーニング設計がしやすくなります。


3-4. 機能レベルと代償戦略

  • 歩行速度・TUG・階段昇降

  • 肩なら挙上時の代償(体幹側屈、肩甲挙上、反対手で支える など)

  • 膝なら、股関節戦略・足部回内/外など

「どこでごまかしているか」を観察することで、
“鍛える筋”と“頼りすぎている筋”の両方が見えてきます。


4. リハ戦略の基本コンセプト

4-1. ゴール設定:構造より“機能”を最大化する

脂肪変性を起こした筋は、

  • 筋線維そのものが減少

  • 神経支配も減っている可能性

があるため、

「若いころの筋肉に完全に戻す」よりも
「いま残っている筋+周囲筋でどれだけ生活を楽にできるか」

にゴールを置いた方が現実的です。

4-2. 強度よりも“頻度と継続”を重視

  • 高齢者や脂肪変性筋に対して、
    いきなり高強度で追い込む → 損傷・炎症リスク↑

  • イメージとしては

    • 低〜中強度(RPE 11〜13程度)×高頻度(ほぼ毎日)

    • 最初は「フォーム維持できる回数×2〜3セット」程度から

4-3. 痛みとの折り合い:0〜10で3〜4/10までを許容ラインに

  • 0〜10で3〜4/10程度までの痛みなら、基本は許容

  • それ以上の痛みが

    • 24時間以上残る

    • 週を追って増悪
      する場合は、負荷・種目を見直す合図とします。


5. 部位別の具体的リハ戦略

5-1. 腱板断裂+脂肪変性が疑われる肩

狙い

  • 可能な範囲での棘上筋・棘下筋の再教育

  • 三角筋・前鋸筋・下部僧帽筋などの協調筋・代償筋を鍛える

避けたいこと

  • 強い痛みを我慢した高角度反復挙上

  • 高負荷外旋トレでの炎症再燃

おすすめメニュー例

  • 0〜60°程度の屈曲・外転での外旋アイソメ(タオルなどを使って)

  • 前鋸筋・下部僧帽筋のエクササイズ(壁滑り、Yレイズなど)

  • 痛みの少ない範囲での三角筋トレーニング

  • 荷物は抱え上げず、台の上を滑らせる・両手を使うなどADL指導


5-2. 膝OA+大腿四頭筋・殿筋の脂肪変性

狙い

  • 大腿四頭筋の耐久性アップ(長時間立位・歩行)

  • 中殿筋・大殿筋による荷重ラインコントロール

避けたいこと

  • いきなりの深いスクワット・ランジ

  • 強い疼痛を伴う荷重トレ

メニューのイメージ(表)

目的 種目例 ポイント
立ち上がり能力アップ 椅子の高さ調整+ハーフスクワット 痛み0〜3/10、膝が内側に入らないよう注意
中殿筋強化 クラムシェル、サイドステップ まずはバンドなしでフォーム重視
歩行耐久性アップ 連続歩行(時間ベース) 「無理ない時間+1〜2分」を目安に漸増
局所負担分散 杖・手すりの使用指導 痛み強い側の反対手で杖、階段の昇降順の確認

5-3. サルコペニア・フレイル高齢者の下肢筋

狙い

  • 歩行速度の改善

  • 転倒リスク低下

  • 「椅子立ち上がり」「段差昇降」の安定

おすすめメニュー例

  • 30秒椅子立ち上がり(評価+トレーニング兼用)

  • キッチンカウンターにつかまりながらのカーフレイズ

  • 毎日の「歩数+簡単筋トレ」を記録するチェックシート(見える化)

+栄養の一言

  • 体重×1.0〜1.2 g/日程度のたんぱく質を目安に

  • 食が細い場合は、プロテイン・栄養補助食品の活用を提案 → 栄養士・主治医と連携


5-4. 神経障害後の筋萎縮・脂肪変性

狙い

  • 残存運動単位の再教育

  • 代償筋や装具・杖を含めた機能的ゴールの達成

メニューの方向性

  • ごく低負荷での「意識+収縮」練習(biofeedbackがあれば積極活用)

  • 関節保護を意識したROM維持

  • AFO・杖・手すりなどを組み込んだ歩行戦略構築

  • 「筋を太くする」ではなく、「疲れにくく安全に動ける」方向のゴール設定


6. 患者への説明:期待値コントロールとやる気維持

6-1. 言わない方がいいフレーズ

  • 「その筋肉はもうダメです」

  • 「いくらやっても元通りにはなりません」

→ モチベーションを折るだけで、医学的にもあまり意味がありません。

6-2. 使いやすい言い換え例

  • 「筋肉の質は少し落ちていますが、残っている筋肉を鍛えたり、他の筋肉でカバーすることで、できることはまだまだ増やせます

  • 「若い頃とまったく同じには戻らないかもしれませんが、階段が楽になる・長く歩けるようになるところまでは十分目指せます」

  • 「“完全に元通り”よりも、“生活がどれだけ楽になるか”を一緒に目標にしていきましょう」

→ 「構造の限界」と「機能改善の余地」を両方伝えるイメージ。


7. まとめ:脂肪変性だからこそ“戦い方”を変える

  • 筋肉の脂肪変性は、構造的ダメージが大きいサインではあるが、
    だからといって「何をしても無駄」ではない。

  • 評価では

    • 病歴・タイムライン

    • 筋量・筋質(周径・触診・可能ならエコー)

    • 出力・持久力

    • 機能レベル・代償動作
      をセットで把握する。

  • 介入では

    • 残存筋の出力・持久力アップ

    • 周囲筋の強化と動作戦略の変更

    • 痛みと折り合いをつける負荷設定
      を柱に据える。

  • 患者には

    • 「構造は完全には戻らないかもしれない」

    • それでも「機能と生活の質はまだまだ上げられる
      というメッセージを一貫して伝える。