耳に付着する筋肉

耳に存在する筋肉の概要

耳介(耳)の運動に関与する筋肉には、耳介筋(上耳介筋、前耳介筋、後耳介筋)と、頭蓋表筋群の一部である側頭頭頂筋があります。これらは人間においては「退化筋(痕跡器官)」に分類され、随意的に耳を動かすことができる人は一部に限られますが、機能解剖学および筋膜機能体系においては、頭頸部のアライメントや機能障害と密接に関わる極めて重要な構造です。


①上耳介筋(Auricularis superior)

耳介の上方に位置し、主に耳蓋の垂直方向のアライメントや側頭部の筋膜テンションを制御します。

上耳介筋
支配神経 顔面神経(VII)の側頭枝
起始 帽状腱膜、側頭筋膜
停止 耳介上部
動作 耳介を上方に引く
栄養血管 後耳介動脈

②前耳介筋(Auricularis anterior)

耳介の前方に位置する最も小さな耳介筋で、側頭筋膜から起始して耳介の前面に停止します。

前耳介筋

支配神経 顔面神経(VII)の側頭枝
起始 帽状腱膜、側頭筋膜
停止 耳輪前面
動作 耳介を前方に引く
栄養血管 後耳介動脈

③後耳介筋 (Auricularis posterior)

耳介の後方、乳様突起の直上に位置する筋肉で、上・前耳介筋に比べてやや発達していることが多い筋です。

後耳介筋

支配神経 顔面神経(VII)の側頭枝
起始 側頭骨の乳様突起
停止 耳介の後部
動作 耳介を後方に引く
栄養血管 後耳介動脈

④側頭頭頂筋 (Temporoparietalis)

側頭部から頭頂部にかけて広がる薄い筋肉で、後頭前頭筋(前頭腹・後頭腹)とともに「頭蓋表筋群」を構成します。人間においては個体差が非常に大きく、腱膜状に退化している場合がほとんどです。

側頭頭頂筋

支配神経 顔面神経(VII)の側頭枝
起始 側頭部と頭頂部の帽状腱膜
停止 帽状腱膜外側縁の皮膚
動作 退化してほとんど作用はない

臨床的解釈と筋膜マニピュレーションにおける意義

従来の臨床解剖学では「顔面神経麻痺による耳介筋の麻痺は、日常生活の動作(ADL)にほぼ影響を与えない」と軽視されがちでした。しかし、近年の筋膜(ファシア)学体系や徒手療法・運動療法の臨床現場において、これらの筋肉とそれを包む筋膜(浅頭皮筋膜、側頭筋膜)は、非常に重要なアプローチポイントとして再評価されています。

■筋膜運動の「協調中心」としての耳介筋

耳介周囲のファシアは、頭部や頸部の3次元的な運動(内旋、外旋、前方運動、後方運動)を感知・制御する「運動の協調中心」や「知覚中心」と深くリンクしています。

  • 前耳介筋(頭部-内旋領域): 頭部の前方運動や内旋運動時にテンションが変化するポイントです。この部位の滑走不全(ハイドロリリースの対象となるファシアの癒着など)は、顎関節の運動障害(咬筋や翼突筋群との協調異常)や、側頭部から顎にかけての放散痛を引き起こす引き金になります。
  • 上耳介筋(頭部-外旋領域): 側頭部のテンションバランスを保ち、頭部の側屈や回旋運動の際に筋膜的な緊張を感知します。
  • 後耳介筋(頭部-外旋領域): 乳様突起周辺は、胸鎖乳突筋や頭板状筋、後頭下筋群といった頭頸部を支える大筋群の筋膜が集束する極めて重要なエリアです。後耳介筋直上のファシアの硬化は、首の後方伸展や外旋時の可動域制限、および「筋膜性緊張型頭痛(後頭神経の絞扼や帽状腱膜の過緊張)」を誘発する一因となります。

Q&A

Q. 耳を動かすトレーニングを行うことで、誰でも動かせるようになりますか?
A. 個人差が非常に大きいため、完全に不可能なケースも多々あります。ただし、耳介筋群そのものの随意収縮というよりは、隣接する側頭筋や後頭筋、前頭筋群を軽く協調させて緊張・弛緩を繰り返すアプローチを練習することで、わずかに耳を動かせる(皮筋や皮膚が動く)ようになることがあります。

Q. 後耳介筋の支配神経を間違えやすいのはなぜですか?
A. 上耳介筋と前耳介筋は顔面神経の「側頭枝」によって支配されていますが、後耳介筋のみ「後耳介枝」によって支配されているためです。これは乳様突起のすぐ後ろを通る神経経路に由来しており、顔面神経麻痺の局在診断(どの部位で神経が障害されているか)を特定する解剖学的な目印としても重要です。

Q. 耳介筋の発達や動きやすさは、聴力(音を聞き取る能力)に影響しますか?
A. 人間においては、耳介筋の発達と聴覚受容器の物理的な機能に直接の関連はありません。しかし、野生動物のように「音の方向へ耳介を向けて集音効率を高める」ための進化的名残りであることは間違いありません。 現代の臨床においては、耳介周囲の筋膜の過緊張や滑走障害が、耳鳴りや耳閉感(耳が詰まったような感覚)、あるいは顎関節運動に伴う耳の痛みに繋がることが確認されており、これらは聴覚そのものではなく「耳周囲の筋膜性不調」として臨床的な治療対象になります。

Q. 側頭頭頂筋や帽状腱膜が緊張すると、どのような臨床症状が現れますか?
A. 側頭頭頂筋を含む頭蓋表筋群や帽状腱膜が、ストレスや姿勢不良(頭部前方変位など)によって慢性的に緊張すると、頭皮全体の血流障害が起こります。これは頭部側面を走る浅側頭動脈などの血管や、耳介周囲の皮神経を圧迫し、側頭部痛(緊張型頭痛)や、目の疲れ、額・顔面の張り感を誘発します。徒手治療においては、側頭頭頂筋から側頭筋膜への移行部をやさしくリリースし、皮膚と深層筋膜の間の滑走性を引き出すことで、頭痛の速やかな緩解が期待できます。


最終更新:2026-08-18