胸郭出口症候群のリハビリ治療に関する目次は以下になります。
胸郭出口症候群の概要
胸郭出口症候群(thoracic outlet syndrome:TOS)は、腕神経叢の圧迫あるいは牽引に起因する神経・血管症状を主体とする疾患です。
障害部位は神経が最も多く80%、続いて静脈が15%、動脈が5%程度となっています。男女比は3:1で女性に多く、年齢は20-40代に好発します。
腕神経叢や動静脈が圧迫されやすい部位として、①斜角筋隙、②肋鎖間隙、③小胸筋下間隙の三箇所があります。
①斜角筋隙 | 前斜角筋と中斜角筋の間 |
②肋鎖間隙 | 鎖骨と第1肋骨の間の肋鎖間隙 |
③小胸筋下間隙 | 小胸筋の肩甲骨烏口突起停止部の後方 |
上記の図をデフォルメして、もっと簡単にすると以下になります。
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斜角筋隙に問題がなく、肋鎖間隙や小胸筋下間隙に問題がある場合は、末梢側の腕神経叢のみに麻痺が出現します。
また、斜角筋隙に問題がある場合は、鎖骨下静脈に問題は発生しません。
斜角筋隙で圧迫障害を受ける神経は、①肩甲上神経、②肩甲背神経、③長胸神経の三つで、以下がそれぞれの支配筋です。
肩甲上神経 | 肩甲背神経 | 長胸神経 |
棘上筋 | 大菱形筋 | 前鋸筋 |
棘下筋 | 小菱形筋 | - |
- | 肩甲挙筋 | - |
棘上筋や棘下筋が障害されることにより肩関節外転や外旋の筋力低下が起こり、さらに肩関節の安定性が失われ、物を持つなどの動きの際に力の入りにくさを訴えるようになります。
また、菱形筋や前鋸筋が圧迫されることによって翼状肩甲骨が起こりますので、肋鎖間隙や小胸筋下間隙との鑑別に役立ちます。
原因①斜角筋隙(斜角筋症候群)
斜角筋隙(別名:斜角筋三角)は、①前方を前斜角筋、②後方を中斜角筋、③下方を第一肋骨にて構成する三角の空間になります。
ここが斜角筋の過度な緊張などによって狭小化されることにより、腕神経叢が圧迫されて神経症状が起こります。その状態を斜角筋症候群と呼びます。
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過度な緊張を起こす原因として、頭部前方偏位などの不良姿勢により、持続的な負荷が加わることで筋疲労が起きている場合があります。
また、COPDなどの呼吸器疾患により、斜角筋によって努力性吸気が起きている場合も過度な緊張を引き起こす原因となります。
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原因②肋鎖間隙
肋鎖間隙は、①上面を鎖骨および鎖骨下筋、②下面を第一肋骨で構成される骨間の隙間になります。
斜角筋隙との大きな違いは、障害は下位の腕神経叢のみで、①肩甲上神経、②肩甲背神経、③長胸神経の三つに障害を受けないことです。
また、鎖骨下静脈が合流するので静脈の障害は起きるようになります。
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斜角筋隙での圧迫は、過緊張によって第1肋骨が引き上げられることが主な原因でしたが、肋鎖間隙では反対に鎖骨が下がることが誘因となります。
そのため、なで肩の女性に多く見られることが特徴です。
また、野球やバレーボールなどのように、上肢を挙上する動作が多いスポーツに多く発症します。
原因③小胸筋下間隙(過外転症候群)
小胸筋下間隙は、①前方の小胸筋、②後方の胸壁で構成される隙間になります。
障害部位は肋鎖間隙と同様に、下位の腕神経叢に加えて、鎖骨下動脈と鎖骨下静脈です。
小胸筋下間隙が原因となっている場合、肩関節を外転させることで症状の憎悪が認められるため、過外転症候群とも呼ばれます。
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胸郭出口症候群の臨床像
発生機序は不明な点が多く、胸郭出口部の解剖学的異常が存在すると発症しやすくなります。
また、上肢を酷使する職業やスポーツ、外傷、なで肩の体型などは発生誘因となりやすいです。
手部尺側領域の感覚異常と疼痛、小指球・母指球の萎縮、手指の冷汗、チアノーゼ、発汗異常、橈骨動脈触知不可などの症状を呈します。
自覚症状がとても強い反面に、それを裏付ける他覚所見に乏しいことも胸郭出口症候群の特徴です。
胸郭出口症候群の症例は不安感が強い場合が多いので、まずは患者の不安感を取り除くように努めます。
そのためにも、セラピストと患者は良好な関係を築いておくことが大切になります。
発生要因について
骨の異常 | 筋肉の異常 | 生活因子 | 外傷 |
第1肋骨 | 前斜角筋 | 不良姿勢 | むち打ち損傷 |
鎖骨 | 中斜角筋 | 労働姿勢 | 腕神経叢損傷 |
頸肋 | 鎖骨下筋 | 重量物挙上 | 鎖骨・肋骨骨折 |
烏口突起 | 小胸筋 | スポーツ習慣 | 腫瘍・炎症 |
原因組織を鑑別する方法
胸郭出口症候群の場合、原因部位が神経・血管に関わらず、上肢を外転することにより腕全体に痺れが生じます。
鑑別としては以下の特徴があります。
部位 | 特徴 |
神経 | 上腕の運動に関係なく、常に首や肩、上腕、背中などに怠惰感や痺れを感じており、頸動脈の外側に沿って圧痛を認める |
静脈 | 自覚症状はほとんどなく、上肢の腫脹で発見される場合が多い |
動脈 | 上腕の挙上により血行が阻害されるため、手首での脈の触知が難しくなる |
徒手検査の方法
胸郭出口症候群の原因部位を特定するためには、以下の検査法を実施して、脈拍の減弱や消失、症状の憎悪がないかを確認していきます。
1.斜角筋隙の障害 | |
Morley | 鎖骨上窩の斜角筋上部を検査者が圧迫する |
Adoson | 頸椎を患側に伸展・回旋させる |
2.肋鎖間隙の障害 | |
Eden | 座位にて患者の上肢を後下方に牽引する |
3.小胸筋下間隙の障害 | |
Wright | 上肢を外転外旋させる |
Roos | 上肢を外転外旋させて3分間手指を曲げ伸ばしする |
肩引き下げ | 検査者が上肢を下方に牽引する |
胸郭出口症候群の治療方法
薬物療法では、ステロイド系消炎鎮痛剤は効果がありませんが、抗うつ薬、抗不安薬、自律神経調整剤で一定の効果を示す場合があります。
一方で、斜角筋ブロックや腕神経叢ブロック、星状神経節ブロックなどの注射療法は効果的とされています。
保存療法で治癒が望めない場合は手術療法の適応となりますが、必要となる割合は全体の5%程度です。
手術の方法として、第1肋骨切除術や前斜角筋部分切除術、神経剥離術などが選択されます。
第1肋骨切除術のみでは効果が認められない症例が10-30%程度いるため、鎖骨上部の切除や前斜角筋の部分切除も合わせて施行されるケースも多いようです。
その場合は切除範囲が広いため、治療効果が得られやすく、再発が少ないとされています。
斜角筋症候群のリハビリテーション
運動療法を実施していく前に、まずは患者がどの部分で神経圧迫を受けているかを確実に鑑別しておく必要があります。
肋鎖間隙が関与している場合は「なで肩」であることが大半なのに対して、斜角筋症候群では「いかり肩」であることが多いです。
いかり肩では斜角筋や肩甲挙筋の過緊張が認められやすいため、それらの筋肉の緊張を緩和することで症状が改善します。
斜角筋症候群の場合は、無闇に前斜角筋や中斜角筋をマッサージすると痛みが増悪してまうため、リラクゼーションには十分な注意が必要です。
具体的な方法としては、患者にベッドの端から頭部を落とした状態に保持し、その姿勢から頸部屈曲を10回ほど繰り返してもらいます。
頸部屈曲の主力筋は斜角筋群であり、緊張の高い筋肉は軽い筋収縮を反復させることで緊張が落ちるといった特性を利用した方法です。
その後に施術者は患者の頭部を把持して頸部を障害側に側屈・やや屈曲位に保持し、前斜角筋と中斜角筋を弛緩させた状態でマッサージを加えていきます。
強さは痛みが出ないようにマイルドで実施し、斜角筋群が緩むのを指先で感じ取れるようにしてください。
筋肉に一通りの圧迫(揉み)を加えたら、先ほどの頸部屈曲運動を再び実施し、またマッサージをするといったプロセスを繰り返します。
十分に筋肉が緩んだら最後にストレッチを実施し、自宅でも取り組めるようにやり方を指導しておきます。
方法としては、頸部を伸展させた状態でしびれがある腕と反対側に側屈させた状態に保持します。
さらに手で患側の肩(肋骨)を下方に引き下げるようにすることで、より斜角筋を集中的に伸張していくことができます。
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肋鎖間隙の位置を是正する
肋鎖間隙が問題となっているかを簡単に鑑別するためには、「なで肩」か「いかり肩」かをまずは観察することが重要です。
なで肩であり、かつ斜角筋症候群の可能性が除外できる場合(モレイテストとアドソンテストの否定)に強く可能性を疑うことができます。
肋鎖間隙が問題の場合は、なで肩の姿勢を修正する必要であり、そのためには筋力強化やストレッチで鎖骨や肩甲骨の位置異常を是正していきます。
具体的には鎖骨上部に停止部を持つ僧帽筋上部や、鎖骨上部に起始部を持つ胸鎖乳突筋を強化します。
反対に鎖骨下部に停止部を持つ鎖骨下筋や、鎖骨下部に起始部を持つ三角筋鎖骨部および大胸筋鎖骨部は伸張性を確保するようにします。
肩甲帯筋力増強訓練の代表的な方法にBrittが考案した運動があります。以下にその方法を記載します。
Brittによる肩甲帯筋力増強訓練
- 仰臥位で両手を頭の後ろで握り、両肘を吸気時には頭の側面に、呼気時には後方へ持っていく。10回。
- 仰臥位で1-2.5㎏の重りを肩が床から離れるように上へ持ち上げる。10回を3セット。
- 腹臥位で1-2.5㎏の重りを手に持ち、ベッドの外へ上肢を垂らして、左右の肩甲骨が近づくようにまっすぐ持ち上げる。10回を3セット。
- 腹臥位で頭を挙上し背部を伸展させ、肩をテーブルより離す。10回。
- 腹臥位で前腕と肘をベッドから上に持ち上げる。15回。
- 座位または立位で両肩を耳の近くまで持ち上げ、左右の肩甲骨が近づくよう後方で引き寄せる。10回を3セット。
過外転症候群のリハビリテーション
小胸筋下隙を狭小化する直接的な原因は小胸筋の短縮(過緊張)であるため、まずは短縮の有無を調べることが必要です。
簡単に調べる方法としては、患者にベッド上で仰向けになってもらい、左右の肩峰とベッドまでの距離を確認します。
肩が上方に浮き上がっているようなら小胸筋の過緊張を疑うことができます。
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他にも、手の甲を腰に当てて右肩甲骨を浮き上がらせる方法があります。
通常は浮いた肩甲骨の下に指先を入れることができますが、指先が入らない場合は小胸筋が短縮している可能性が考えられます。
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小胸筋のリラクゼーションを図るには、仰向けで肩関節を前方に突き出す動きを10回ほど反復してもらいます。
これは斜角筋を緩める方法で紹介した内容と同じで、軽い筋収縮を繰り返すことで緊張を落としていく方法です。
その後に小胸筋の停止部である烏口突起下部に指を当てて、圧迫を加えながらさらに緊張を緩めていきます。
十分に筋肉が緩んだら最後にストレッチを実施し、自宅でも取り組めるようにやり方を指導しておきます。
方法としては、腹臥位にて肩関節45度屈曲・軽度内転位とし、肩甲骨内側縁が後方に突き出るように肘で体重を支えます。
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日常生活動作上の注意点
斜角筋隙で神経が圧迫されている場合は、長時間のデスクワークなども問題となっている可能性があります。
なぜなら座った姿勢は骨盤が後傾しやすく、立位と比較して胸椎が後彎しやすいからです。
背中が丸まった状態で前方にあるパソコンの画面を見ようとすると、頸部が過伸展することになり、結果的に斜角筋は伸長位になります。
筋肉は伸ばされた状態が続くと血流が悪くなり、それが長時間にわたって保持されるとコリの原因となります。
なで肩が原因となっている胸郭出口症候群(肋鎖間隙での圧迫)では、リュウクやショルダーバッグなどの利用は控えるようにします。
肩にかけるバッグは鎖骨の落ち込みを助長することになり、症状を増悪させる原因となるからです。
小胸筋が原因となっている場合は、上肢を長時間挙上する仕事やつり革につかまるなどの動作は控えます。
挙上することで肩甲骨は上方回旋していき、小胸筋が伸長位となることで神経圧迫が強まるからです。
翼状肩甲骨を併発したTOSの症例
斜角筋症候群の場合は、菱形筋を支配する肩甲背神経、前鋸筋を支配する長胸神経が障害されて翼状肩甲骨を呈することがあります。
その場合は斜角筋群のリラクゼーションに加えて、菱形筋や前鋸筋の筋力トレーニングも合わせて指導しておくとよいです。
具体的には前述したBrittによる肩甲帯筋力増強訓練の②と③を集中的に実施し、筋出力の改善に努めます。
ほとんどの場合は頸部の痛みから初期症状が始まって、症状が進行してから翼状肩甲骨を呈することになります。
そのため、翼状肩甲骨が改善していくに従って首の痛みが主訴にかわることもありますが、それは改善を示していると捉えてよいです。