脊髄損傷のリハビリ治療

定義と病態:中枢神経の不可逆的な損傷

頚髄損傷

脊髄損傷は、交通事故、高所転落、スポーツなどの強い外力により、脊髄神経が挫傷、圧迫(浮腫・出血)を受けることで発症します。脊髄は中枢神経であり、一度損傷されると基本的に再生しないため、脳からの下行性(運動)および脳への上行性(感覚)の神経伝達が損傷髄節で遮断され、麻痺が出現します。理学療法では、残存機能を早期から最大限に活用し、ADL(日常生活活動)の自立を図ることが鍵となります。

疫学:受傷原因と年齢分布の変化

  • 受傷原因: 以前は交通事故などの高エネルギー損傷が半数を占めていましたが、近年は転倒(低エネルギー損傷)による不全麻痺が増加傾向にあります 。
  • 好発年齢: 従来は20代(スポーツ・バイク)と60代(転倒)の二峰性の分布を示していましたが、最新の調査では高齢化に伴い、60代をピークとする一峰性へと変化しつつあります 。
  • 男女比: 男性に多く、約4:1の割合です 。損傷部位別では頸髄損傷が全体の約6割を占めます。

脊髄ショックと予後の見立て

脊髄ショック期の特性

受傷直後は、損傷高位以下の反射消失、弛緩性麻痺、尿閉、徐脈・低血圧などが生じる「脊髄ショック」状態に陥ります 。この時期は完全・不全損傷の正確な判定が困難です。

  • 離脱の指標: 球海綿体反射や肛門反射の復帰がショック離脱の目安となります 。離脱後は徐々に痙性(つっぱり)が出現し、不全損傷では随意性の回復が始まります 。

回復の見込みと確定時期

麻痺の回復は受傷後3か月までが最も劇的であり、9か月までは比較的大きな回復が期待できます 。

  • 不全損傷(AIS B, C, D): 受傷後数か月で少なくとも1グレードの改善がみられることが多い(B・CからDへの移行など) 。
  • 完全損傷(AIS A): グレードが改善する割合は10%未満と低いですが、神経学的高位(NLI)は初期から少なくとも1レベル回復することが知られています 。

ASIA機能障害尺度(ASIA Impairment Scale:AIS)

A 完全麻痺 S4-5の知覚・運動ともに完全麻痺
B 不全麻痺 S4-5を含む神経学的レベルより下位に知覚機能のみ残存
C 不全麻痺 損傷部以下の筋力は残存しており主要筋群の半分以上が筋力3未満
D 不全麻痺 損傷部以下の筋力は残存しており主要筋群の半分以上が筋力3以上
E 正常 筋力及び知覚は正常。反射異常はあっても可

神経学的高位診断の基本

損傷部位の表記(例:C6)は、**「機能が完全に保たれている最下位の髄節」**を指します 。

  • 解剖学的特徴: 頸椎は7個ですが、頸髄神経は8対(C1〜C8)あります 。C1〜C7神経根は対応する椎体の上から、C8はC7椎体とT1椎体の間から、T1以下は各椎体の下から出ます 。

代表レベル別の残存機能(抜粋)

  • C6:手関節背屈(テノデーシス)あり/移乗はボードで自立可。
  • C7:肘伸展が加わり起居・移乗の自立が大きく前進。
  • L2–L4:装具+杖で歩行可の目安。L5–S1は条件次第で装具なしも。

代表レベル別の残存機能(詳細)

C1-3

・残存筋:胸鎖乳突筋(C2-3)、僧帽筋(C2-4/副神経)
・横隔膜(C3-5)が働かないため人工呼吸器が必要
・日常生活は全面介助、呼吸でコントロールする電動車イスは可

C4

・残存筋:胸鎖乳突筋(C2-3)、僧帽筋(C2-4/副神経)
・動作可:頭部動作、肩甲骨挙上
・横隔膜が働くため自力呼吸が可能
・車椅子操作は基本介助、口や顎でのコントロールする電動車イスは可

C5

・残存筋:三角筋(C5-6)、上腕二頭筋(C5-6)、回外筋(C5-6)
・動作可:肩外転・伸展・屈曲、肘屈曲、前腕回外
・深部反射:上腕二頭筋出現
・自力での移乗不能、電動車イスと標準型車イスの併用
・寝返りや坐位は自力では不可

C6

・残存筋:長・短撓側手根伸筋(C5-7)、円回内筋(C6-7)
・動作可:手関節背屈・撓屈、前腕回内
・深部反射:腕橈骨筋出現
・手関節背屈の有無は予後に関連、手指機能は不能
・車イス操作はノブつきリムなどで一部介助から自走レベル
・移乗はトランスファーボードで自立も可、坐位でのプッシュアップが可
C6 C6⑦ C6⑤

C7

・残存筋:上腕三頭筋(C6-8)、撓・尺側手根屈筋(C6-8)
・動作可:肘関節伸展、手関節機能は完全可能
・深部反射:上腕三頭筋出現
・手指屈曲はtenodesis actionで弱く、母指機能も不完全
・車椅子操作は自立レベル
・寝返り、起き上がり、坐位での移動が可
プッシュアップ 起き上がり C7③

C8

・残存筋:浅指屈筋(C7-T1)、深指屈筋(C8-T1)、総指伸筋(C6-8)
・動作可:手指屈曲は完全で実用的握力となる
・指の内外転、つまみ動作は不完全
・ベッド上動作、トランスファー、身の回り動作は自立

T1

・残存筋:短母指外転筋(C7-T1)、小指対立筋(C8-T1)
・動作可:上肢機能は完全となる

T2-12

・残存筋:肋間筋(T10-11)、腹直筋(T5-12) etc.
・下位に行くほど肋間筋、腹筋、傍脊柱筋が多く加わる

L1

・残存筋:腸腰筋(L1-3)
・動作可:腸腰筋はまだわずかに機能するのみで弱い

L2

・残存筋:腸腰筋(T12-L3)、内転筋群(L2-4)
・動作可:股屈曲はは十分、内転は弱い
・深部反射:膝蓋腱反射消失

L3

・残存筋:内転筋群(L2-4)、大腿四頭筋(L2-4)
・動作可:股内転は十分、膝伸展は弱い可能
・深部反射:膝蓋腱反射減弱
・短下肢装具に松葉杖か1本杖を使っての歩行が可
・車椅子の方が実用的である場合も多い

L4

・残存筋:大腿四頭筋(L2-4)、前脛骨筋(L4-5)
・動作可:膝伸展は十分、足関節背屈・内反が可能
・深部反射:膝蓋腱反射出現、アキレス腱反射消失

L5

・残存筋:中殿筋(L4-S1)、大殿筋(L4-S2)、内側膝屈筋群(L4-S1)
・動作可:股関節外転が可能、伸展は弱い(大殿筋はほぼ機能しない)
・歩行時に十分な底屈が可能であれば、装具なしでも歩行は可

S1

・残存筋:大殿筋(L4-S2)、外側膝屈筋群(L4-S2)
・動作可:膝屈曲、足指伸展
・深部反射:アキレス腱反射出現
・足指屈曲は乏しい、大殿筋・下腿三頭筋の機能は不十分

損傷レベル別ADL自立度

残存機能レベル 人数 平均年齢 自立した割合(単位:%)
寝返り 起き上がり 更衣 直角移乗 横移乗 車椅子駆動 排尿動作 排便動作 自動車運転
C4 14 36.0 0 0 0 0 0 0 0 0 0
C5A 10 33.5 0 0 0 0 0 60 0 0 0
C5B 21 29.0 24 10 19 10 0 86 5 0 0
C6A 16 23.9 47 40 60 25 6 94 20 7 9
C6B1 15 24.7 73 67 73 67 27 100 40 7 14
C6B2 19 27.7 89 89 89 95 69 100 81 25 41
C6B3 24 27.9 96 96 100 98 70 100 76 67 35
C7A 3 40.0 100 100 100 100 100 100 100 100 67
C7B 1 47.0 100 100 100 100 0 100 100 0 0
C8A 6 34.2 80 83 80 83 80 100 80 80 40
C8B 13 28.3 92 92 92 92 83 100 92 92 50

感覚(デルマトーム)と反射の評価

神経学的高位(NLI)を特定するため、痛覚・触覚のデルマトーム評価と反射の確認が重要です。

  • 感覚の重要指標:
    • C5:三角筋下部 / C6:母指・示指 / C7:中指 / C8:環・小指
    • T4:乳頭 / T10:臍 / T12:鼠径部
    • L4:下腿、足脛側 / L5:足背・足底脛側 / S1:足底腓側
  • 反射の反応: 脊髄ショック期は全反射が消失しますが、その後、障害レベル以下で反射が亢進(痙性)します。
    • 表在反射: 腹壁反射(T8-12)、堤睾筋反射(L1-2)、肛門反射(S5)など。

デルマトーム|表面デルマトーム|裏面

深部反射 C4 C5 C6 C7 L1 L3 L4 S1
上腕二頭筋 ×
腕橈骨筋 × ×
上腕三頭筋 × × ×
膝蓋腱 × × × × ×
アキレス腱 × × × × × × ×
表在反射 中枢レベル
腹壁反射 T8-12
堤睾筋反射 T12,L1,L2
足底反射 S1,S2
球海綿体反射 S3
肛門反射 S5

脊髄伝導路の部位と機能

脊髄の中を通る神経の束(伝導路)は、それぞれ決まった機能を担っています。

脊髄

部位(伝導路)
主な機能
障害時の症状
外側皮質脊髄路
同側の随意運動(手足の細かい動き)
運動麻痺(損傷下位は痙性麻痺)
前皮質脊髄路
随意運動(主に体幹・近位筋)
体幹の安定性低下
脊髄後索
同側の深部感覚(位置覚・振動覚)・識別性触覚
感覚運動失調(足元を見ないと歩けない等)
脊髄視床路
反対側の温覚・痛覚・粗大触覚
温度や痛みを感じない
中心灰白質
左右へ交差する温痛覚線維の中継
両側の分節的な温痛覚脱失
脊髄後角
温痛覚の一次受容部(中継点)
その高さの温痛覚脱失

特徴的な不全損傷パターン

損傷の受け方によって、以下のような特徴的な症候群を呈します。

① 前脊髄動脈閉塞症候群(脊髄前部障害)

脊髄前半の障害

脊髄の前方2/3(前索・側索)が損傷されるパターンです 。

  • 症状: 損傷レベル以下の随意運動麻痺(皮質脊髄路)と、温痛覚の脱失(脊髄視床路)が生じます 。
  • 特徴: 脊髄の後方にある後索(深部感覚)は正常に保たれるのが最大の特徴です 。
  • 予後: 運動機能の回復は比較的乏しいとされています 。

② 中心性脊髄損傷(中心管付近の障害)

中心管付近の障害

脊髄の中央部(中心灰白質付近)が損傷されるもので、頸髄損傷に多く見られます 。

  • 症状: 両側の温痛覚が脱失しますが、深部感覚は保たれる**「感覚解離」**を呈します 。
  • 特徴: 皮質脊髄路の配列の関係上、下肢よりも上肢の麻痺が強く出る傾向があります 。
  • 予後: 比較的良好で、多くの場合で歩行能力が回復します 。

③ ブラウン・セカール症候群(脊髄半側障害)

ブラウン・セカール障害

脊髄の右側または左側の半分が損傷されるパターンです 。

  • 同側(損傷側): 随意運動麻痺と深部感覚(位置覚・振動覚)の脱失が生じます 。
  • 反対側: 損傷レベルの1〜2髄節下より以下の、温痛覚が脱失します 。
  • 特徴: 左右で失われる機能が異なる複雑な呈示をしますが、機能的回復は最も良好な部類に入ります 。

④ 脊髄後索障害(脊髄瘻など)

脊髄後索の障害

脊髄の後方(後索)のみが選択的に障害される稀なパターンです。

  • 症状: 深部感覚(位置覚・振動覚)が脱失します。
  • 特徴: 運動能力や温痛覚は保たれますが、自分の足がどこにあるか分からなくなるため、暗所での歩行が困難になり、**Romberg徴候(閉眼でふらつく)**が陽性となります 。

リハビリテーションのフェーズと介入戦略

リハビリテーションは廃用予防から、残存能力を最大限に活用した代償戦略へと移行します。

  • 安静固定期(〜8-12週): 合併症予防が最優先です。他動ROM運動、呼吸理学療法、ポジショニングによる褥瘡予防が行われます 。
  • 離床前期: 起居・移乗の土台作りです。漸増的な筋力強化、プッシュアップの学習、姿勢感覚の再教育を行います 。
  • 離床後期: 車いす操作の習熟、装具や杖を用いた歩行練習、在宅復帰に向けた環境調整を行います 。

具体的な介入技術の要点

  1. 関節可動域運動(ROM): 拘縮予防はADL効率に直結します。特に肩甲帯、肘、手、股関節、脊柱が重点となります。朝の硬直など日内変動に配慮した実施が効果的です。
  2. ポジショニング(褥瘡対策): 脊髄損傷者は感覚低下により褥瘡リスクが極めて高いです。定時体位変換に加え、適切な座面クッションの選択と除圧教育が、坐骨部などの褥瘡予防に有効であると提案されています 。
  3. 基本動作訓練:
    1. 座位保持(長坐位): ハムストリングスの適度な緊張は座位の安定に役立ちますが、過度な硬さはプッシュアップを妨げます。SLRは約90°を目安とし、機能的短縮を活かします。
    2. プッシュアップ: 手の向き(肩外旋・前腕回外)を整え、肩を支点に体幹を垂直に持ち上げる第1相の確実化が、その後の後上方移動や移乗の安定に繋がります。
    3. 寝返り・起き上がり: 頸髄損傷レベルでは、上肢スイングの慣性を活用したり、寝返りを併用した省エネ動作を個別指導したりすることが重要です。

よくある質問(FAQ)

Q1. 完全損傷か不全損傷かは、いつ確定しますか?
A. 受傷直後の脊髄ショックを経て、損傷部位より下位の反射が回復し始めた段階で正確な評価が可能になります 。一般的に、受傷後72時間時点あるいは1か月時点の麻痺重症度(AIS)から、受傷1年後の状態を予測できるとされています 。神経学的な回復は最初の3か月間で最も劇的に進み、9か月までは比較的大きな改善が期待できます 。

Q2. 脊髄ショック中にすべきことは何ですか?
A. 急性期には、二次的合併症の予防と早期離床への準備が重要です。具体的には、呼吸理学療法による肺炎予防、ポジショニングや適切なクッション選択による褥瘡予防、関節の柔軟性を保つためのROM(関節可動域)練習、他動・自動運動による循環改善を徹底します 。また、低血圧などの循環動態を注視しながら、早期の座位獲得を目指します 。

Q3. C6とC7の臨床的な違いは何ですか?
A. C6レベルは「手関節背屈筋」が機能するため、手首を反らす動きを利用したテノデーシス作用(指を曲げる代償動作)によるつまみ動作が可能です 。C7レベルでは「肘伸展筋」の機能が加わるため、プッシュアップ(座面を押し上げてお尻を浮かす動作)が可能となり、ベッドから車いすへの移乗や起居動作の自立度が飛躍的に向上します 。

Q4. 感覚検査はどの指標を取るのが正確ですか?
A. 予後予測においては、痛覚(ピンプリック)の有無が最も信頼性の高い指標の一つです 。初期の段階で痛覚が残存している場合、触覚のみの残存よりも将来的な歩行自立の可能性が高いことが示されています 。慢性期には、触覚の感度が低下しやすい傾向にあります 。

Q5. 痙縮(筋肉の突っ張り)が強い時の基本対応は?
A. まずは感染、便秘、皮膚の圧迫といった痙縮を悪化させる誘因を除外します 。リハビリテーションとしては、適切な他動運動や電気刺激(TENSやFES)が短期的に痙縮を減少させるのに有効です 。これらと並行して、ストレッチ、ポジショニング、必要に応じた薬物療法を多面的に組み合わせて行います 。

Q6. 車いす自立はどのレベルから期待できますか?
A. 個人差はありますが、C6レベルの後半から車いすの屋内自走が検討され、C7〜C8レベルになると多くの症例で実用的な車いす駆動が可能になります 。特に肘を伸ばす力が使えるC7以上では、自力での移乗を含めた活動範囲が大きく広がります 。

Q7. 歩行ができるようになる可能性はありますか?
A. L2〜L4レベル(大腿四頭筋や足首の力が残る場合)では、装具と杖を併用した歩行の獲得が目標となります 。L5〜S1レベルでは条件次第で装具なしの歩行も目指せます 。頸髄・胸髄の高位損傷では、基本的には車いすが主な移動手段となりますが、不全損傷の場合はロボット支援歩行練習や免荷式トレッドミルを用いた訓練により、歩行能力の改善が期待できる場合もあります 。

Q8. 家族が今すぐできる支援は何ですか?
A. 最も重要なのは、褥瘡(床ずれ)の予防に関する知識の習得です。適切な除圧動作や体位変換、皮膚の観察方法を学び、日常生活に組み込む必要があります 。また、自宅の段差解消や手すりの設置などの環境整備を進めるとともに、本人の自立を促すための適切な介助量を専門家(理学療法士等)と相談して把握することが大切です 。

Q9. 自律神経過反射が疑われたらどうすればいいですか?
A. 自律神経過反射(急激な血圧上昇、頭痛、発汗等)は、T6以上の損傷でみられる緊急を要する状態です 。疑われた場合は、すぐに座位(体を起こした状態)刺激原因を特定して速やかに除去します 。改善しない場合は、直ちに医療的介入が必要です。

Q10. 仕事復帰の時期はいつ頃になりますか?
A. 復帰時期は損傷の高さ、完全・不全の別、および職場の環境調整に大きく依存します 。リハビリテーションの過程(急性期〜回復期〜生活期)において、まずはADL(日常生活活動)の自立を目指し、その後に職業リハビリテーションと連携しながら、段階的な復帰計画を立てていくことが推奨されます 。


最終更新:2026-05-18