長母指外転筋(abductor pollicis longus)

長母指外転筋の概要

  • 長母指外転筋(abductor pollicis longus; APL) は前腕後面深層の橈側に位置。表層は総指伸筋などで覆われます。

  • 腱は伸筋支帯 第1背側区画(橈骨茎状突起背側)を通過し、第1中手骨底外側に停止。母指CM関節の橈側外転が主作用で、手関節の橈屈にも協働します。

  • 腱が複数本に分岐する解剖バリエーションは珍しくありません(EPBとの並走に注意)。

基本データ

項目 内容
支配神経 橈骨神経深枝(後骨間神経)
髄節 C7–C8
起始 橈骨・尺骨中部の背側面、骨間膜背側
停止 第1中手骨底 外側(しばしば多腱)
栄養血管 後骨間動脈
主な動作 母指CM橈側外転、手関節橈屈(協働)

触診方法


  • 母指を掌ではなく“橈側へ”外転させる指示(=APL優位)。

  • 橈骨茎状突起背側〜第1背側区画で腱を触知。

  • 筋腹を捉えたいときは、前腕中央の背外側で総指伸筋の深層に指を滑り込ませ、外転抵抗で硬化を拾う。

  • APB(掌側外転)との混同に注意:APBは母指球で触れます。

走行の要点(手根部)

  • APL/EPB:第1背側区画を通過→大菱形骨周囲を回り第1中手骨底へ。

  • EPL:第3背側区画(リスター結節上)を通る別経路。テーピングや装具設計時のランドマークに。

ストレッチ方法

  • 目的:APLの過緊張や第1区画の滑走不全を緩める。

  • 方法:前腕中間~回内位、肘軽伸展。母指を内転・屈曲させ、**手関節を尺屈(+軽い掌屈)**へ。20–30秒×2–3回

  • Finkelstein動作(親指を握り込み尺屈)はAPL/EPBに強負荷。痛みがある場合は強度を下げた上記法から。

筋力トレーニング

  • 等尺性外転:反対手で母指基部を押さえ、外転方向へ5秒×5–10回

  • 痛みが治まっていれば、軽量チューブで外転(フォーム優先、痛み0–2/10)。

関連疾患・鑑別

  • ドケルバン病(狭窄性腱鞘炎):APL/EPBが第1区画で摩擦・絞扼。握り込み+尺屈で増悪。

  • Intersection syndrome:APL/EPBとECRL/ECRB交叉部の炎症(前腕遠位背側の圧痛・軋轢音)。

  • 後骨間神経麻痺:支配神経障害でAPLを含む伸筋群に筋力低下。

  • APL腱断裂:稀だが外傷後に注意。

よくある質問(Q&A)

Q1. APLと短母指外転筋(APB)の違いは?
A. APL=母指CMの橈側外転(平面上)APB=掌側外転(母指を持ち上げる)が主。触診の位置もAPLは手背側/APBは母指球で異なります。

Q2. ドケルバンのセルフチェックは?
A. 親指を握り込んで手関節を尺屈し痛みが出れば陽性傾向。ただし自己判断には限界があり、持続痛や腫脹があれば受診を。

Q3. 橈側手関節痛でAPL由来か見分けるには?
A. 母指CM橈側外転抵抗で疼痛、第1背側区画の圧痛・滑走痛、握り込みでの尺屈痛が手掛かり。EPL走行(第3区画)の圧痛は別病態を示唆。


最終更新:2025-10-12