鼠径部痛症候群のリハビリ治療

鼠径部痛症候群の概要

  • サッカーなど片脚立位でのキックを多用する競技で発生が多く、慢性化しやすい

  • 画像で明確な病変が出ないことも多く、従来は恥骨結合炎腱炎とされ長期安静→改善しない例が少なくない。

  • 核心は骨盤周囲の機能不全:体幹〜股関節の可動性・安定性・協調性の破綻。

  • いわゆるスポーツヘルニア手術にも一定の効果報告はあるが、適切な保存療法(アスレティックリハ)で高い復帰率が得られる。

  • キー所見は

    • 股関節外旋拘縮(=内旋可動域制限)

    • 中殿筋など外転筋の筋力低下

    • 協調運動の欠如

診断の考え方(まず除外、その後評価)

  1. 器質的疾患の除外
    筋損傷/血腫、疲労骨折(恥骨下枝・大腿骨頸部)、真性鼠径ヘルニア、初期変形性股関節症、外・内閉鎖筋損傷、腰痛由来など。

  2. 器質的病変がなければ鼠径部痛症候群

    • 可動性:とくに股関節内旋の左右差/制限

    • 安定性:外転筋力(中殿筋、Trendelenburg徴候)

    • 協調性:体幹—骨盤—下肢の連動

    • positive standing signの所見を恥骨下枝疲労骨折との鑑別に活用

ポジティブ・スタンディングサインとは、立位で患側下肢に荷重をかけた際に鼠径部痛が再現される徴候を指す。

典型所見

  • 自発痛の最多は鼠径部内転筋近位恥骨結合そのものの自発痛は少数

  • X線の恥骨結合変化や圧痛は無症候者にもあり得る→それだけで恥骨結合炎と断定しない。

  • **股関節内旋制限(外旋拘縮)**が高頻度。外転筋力低下の評価は重要。

保存療法(アスレティックリハ)の骨子

1) 可動性の回復(最優先)

  • 股関節内旋・開排外旋の可動域を確保。

  • 強刺激マッサージで内転筋群、殿筋群、外旋筋群(必要に応じてTFL/ハム)などの拘縮を段階的に解除

2) 安定性の再獲得

  • 中殿筋中心に、外転・伸展・外旋方向の筋力強化。

  • 痛みの出ない範囲・方向から段階的に負荷

3) 協調性の再学習

  • 肩甲帯と対側下肢を連動させるcross motionを習得し、骨盤回旋を使ったスイング動作を再教育

cross motion(対角連動)の方法はいくつも存在するが、四つ這いでの対側上下肢の挙上運動なども含まれる。

4) 競技復帰の目安

  • 開排外旋・内旋の制限が十分に改善

  • 外転筋MMT5程度で片脚立位の骨盤安定が可能

  • 痛みなく上体起こしが可能

  • 片脚立位でcross motionが安定

5) 予防

  • 練習前に壁支持で軸を固定し、骨盤回旋+スイングを準備運動に。

  • オフ明けはリハ要素(可動性・安定性・協調性)を入念に

手術との位置づけ

  • 以前は手術比率が高かったが、機能不全評価+系統的リハの普及で手術適応は減少

  • 「リハ開始から復帰まで」は手術群と概ね同等初診からの総期間では保存療法が遜色なく、有利な可能性も示唆。


よくある質問(Q&A)

Q1. どのくらいで復帰できますか?
A. 症状や介入の質で幅がありますが、系統的な保存療法で多くは数週〜数か月で実戦復帰。外転筋力や内旋可動域の回復がペース決定因子です。

Q2. 画像が正常でも痛いのはなぜ?
A. 痛みの核心が機能不全(可動性・安定性・協調性)だからです。画像異常がなくても内旋制限や外転筋力低下があれば痛みは起こり得ます。

Q3. 自分でチェックできるポイントは?
A. 片脚立位で骨盤が傾かないか(Trendelenburg)、仰臥位・腹臥位での股関節内旋の左右差上体起こしでの痛みなど。異常があればリハの優先課題になります。

Q4. 手術はいつ考える?
A. 適切な保存療法を十分に実施しても復帰できない場合や、真性ヘルニア・骨折など器質的病変が明確な場合に検討します。

Q5. 痛みが鼠径以外(下腹部・睾丸後方・坐骨など)にも出ますが?
A. 骨盤リング周囲の負荷集中により関連領域へ痛みが放散/二次的発生することがあります。まずは股関節内旋の確保外転筋強化協調運動再学習を優先します。

Q6. リハ頻度や順序は?
A. 原則は可動性→安定性→協調性→動作再教育。初期は毎日短時間でも良いので継続し、痛みの出る単関節動作(抵抗下SLR・内転など)を頻回にテストしすぎないことがコツです。


最終更新:2025-10-10