神経系モビライゼーションの方法と効果

神経系モビライゼーションの概要

**神経系モビライゼーション(Neurodynamics)は、神経の滑走性(excursion)伸張耐性(strain tolerance)を、安全に高めるための手技・運動の総称です。末梢神経や神経根を直接“動かす/動かされる”**対象として扱います。


まずSLRで考える(椎間板ヘルニアの例)

  • SLR(Straight Leg Raise)陽性=下肢挙上で坐骨神経~神経根が引っ張られ(緊張/滑走)、坐骨神経痛様の痛み・しびれが誘発される。

  • 角度の目安

    • 0–35°:神経組織のたわみ取り&滑走開始。この域で症状が強く出る→滑走性障害が疑われやすい。

    • 35–70°:神経・根の張力上昇域。この域で症状が顕著→神経の伸張(テンション)に敏感

    • >70°:多くはハムストリングス・股関節・仙腸関節など筋骨格要因の比重が増える。

SLRテスト|神経系モビライゼーション

  • ブラガード徴候:SLRで症状が出る角度からわずかに戻し(症状軽減)、そこで足関節背屈で再誘発→神経関与の示唆(ただし筋膜・筋腱も同時に張力が変わる点に留意)。

ブラガード徴候

角度は個体差が大きいので、**角度の絶対値より“症状の再現性と修飾(DF/頸屈)で変化するか”**を重視します。


2つの基本操作:スライダーとテンショナー

手法 目的/使いどころ 具体例(坐骨神経) 注意
スライダー(slider) 神経を一方で伸ばし他方で緩める滑走性・循環を改善(炎症期・痛みが強い初期に適) 例:股関節屈曲+足関節底屈股関節伸展+足関節背屈(膝は軽度屈曲~伸展で調整) 痛み再現手前の軽い張りまで。反復・小可動域。
テンショナー(tensioner) 神経を両端で同時に伸張伸張耐性や粘弾性の改善(亜急性~慢性で反応が安定後) 例:股関節屈曲+膝伸展+足関節背屈(必要なら頸部屈曲も加える) 急性期・強い根症状では原則避ける/極軽度から。遅発痛に注意。

神経系モビライゼーション|神経の流れ

原則は遠位レバー(足関節)や近位レバー(頸部)から始め、反応を見ながら患部へ段階的に近づけます。


セルフでできる安全な処方(例)

A. スランプ・スライダー(坐位)

  1. 椅子に浅く座り、背すじは中間位(丸めすぎない)。

  2. 右脚をゆっくり膝伸展しながら足関節は底屈(つま先遠く)。

  3. 戻しながら足関節は背屈に切り替える。

  4. 痛み再現手前の張りで止め、1–2秒で切り返す。

  • 10–15回×1–2セット、1–2/日。左右差・反応に応じて調整。

B. 仰臥位スライダー(ベッド)

  1. 仰向け、患側膝を軽度曲げて股関節をゆっくり屈曲

  2. このとき足関節は底屈。戻すときに背屈へ。

  3. 症状がぶり返さない可動域で反復。

  • 8–12回×1–2セット、1–2/日

ルール:痛みは0~2/10まで、動作中のみ出てもOKだが終了後に残さない24時間以上の悪化が出たら量/範囲を減らす。


期待される作用機序(ざっくり)

  • 微小循環の改善:滑走反復で炎症性滲出液の排出→静脈還流↑、神経虚血の改善。

  • 機械的過敏(mechanosensitivity)の低下:繰り返しで閾値の正常化

  • 軸索輸送・滑走の正常化:神経束内の粘弾性/滑走が整う。

  • 中枢の恐怖回避低減:安全な範囲で動かす経験が防御的筋緊張を緩める。


安全のためのチェックリスト

レッドフラッグでは実施しない/医師相談

  • 進行性の筋力低下・感覚脱失・反射消失膀胱直腸障害(馬尾症候)

  • 重篤な骨病変・感染・腫瘍、近接骨折・急性外傷

  • 急性の激烈な根症状、安静でも増悪する痛み

  • コントロール不良の糖尿病性末梢神経障害など感覚鈍麻が強い例は用量を厳重管理

実施上の注意

  • 強度は弱→中可動域は小→中から。

  • 頸部屈曲は張力が大きく上がるため最後に追加

  • セッション後の遅発痛・しびれ増悪翌日もフォロー。


THA(人工股関節)後の神経障害との関係

  • THA後の神経障害は**~1%前後報告。脚長差の補正・ROM急増で坐骨神経系が急伸張**されるのが一因。

  • 介入は術創の治癒と医師許可を前提に、遠位スライダー(足関節・膝)から極軽度で開始

  • テンショナーは後期、症状が安定し歩容・体幹制御が整ってから、わずかに導入。


すぐに使える“臨床プロトコル”(下肢根症状の例)

  1. 評価:SLR角度、ブラガード、頸部屈曲の修飾で症状が変わるか/ニューロダイナミックテストで最小可動域を把握。

  2. 開始遠位スライダー(足関節)10–15回×1–2セット。痛み0–2/10で終了時残さない。

  3. 段階化:膝伸展/股屈曲を少しずつ増量→反応良ければ近位レバー(頸屈)を最後に加える。

  4. セルフ指導1–2/日, 2週間でSLR角・症状VAS・日常動作を再評価。

  5. 移行:炎症鎮静&恐怖回避改善後に軽いテンショナー体幹/股関節安定化へ。


Q&A

Q1. しびれが出たら中止?
A. 鋭い痛み・電撃痛・広がるしびれは中止。軽い突っ張りは許容可だが、終了時に残らない範囲で。

Q2. 何回・どれくらいで効く?
A. 目安は10–15回×1–2セットを1–2/日。多くは1~2週間でSLRの可動域や症状が変化し始める。

Q3. スライダーだけで十分?
A. 急性~亜急性はスライダー主体。慢性期で過敏性が下がってから、ごく軽いテンショナーを試す価値あり。

Q4. 自宅でやると悪化しがち…
A. 可動域を半分に、速度はゆっくり回数も半分に。頸屈は外す。悪化が24h超なら一旦中止→再評価

Q5. 上肢のしびれにも使える?
A. はい。正中/尺骨/橈骨神経のULNTで同様の考え方(遠位スライダー優先)を適用。


最終更新:2025-09-20