脳卒中後の片麻痺における亜脱臼の原因と肩関節の痛み

概要

脳卒中後の片麻痺では、肩甲上腕関節(GH関節)の亜脱臼が高頻度で起こります。初期は弛緩性麻痺による上腕骨頭の下方偏位(下方亜脱臼)が典型で、のちに痙縮・不良姿勢・誤ったハンドリングが加わると前方偏位も合併しやすくなります。痛みは発症直後よりも遅れて出現することが多く、軟部組織への力学的ストレスの蓄積が主因です。


肩関節が不安定な理由と本来の安定化機構

肩関節

  • 構造的に浅い受け皿:関節窩は浅く、上腕骨頭は関節窩の3倍以上の面積。

  • 安定化要素:①関節唇 ②関節包 ③靭帯 ④関節窩の上方傾斜(約5°) ⑤関節腔陰圧 ⑥筋(腱板+三角筋+肩甲帯筋群)
    → とくに筋の張力が、重力に抗して骨頭を関節窩へ圧着する“最後の砦”。


片麻痺で亜脱臼が起こる主因

  • 最重要因子=筋の低緊張(弛緩):腱板(棘上筋・棘下筋・小円筋・肩甲下筋)と三角筋の収縮が入らない。

  • 肩甲帯の下制・下方回旋:僧帽筋下部・前鋸筋の働き低下で、骨頭が下方へ滑走しやすい。

  • 二次要因:関節包・靭帯の弛緩、関節腔陰圧の破綻、反復牽引・誤ハンドリング。

例:大胸筋痙縮>腱板低緊張のパターンでは、骨頭が前方へ偏位し前方亜脱臼と痛みを助長。


痛みが遅れて出る理由(メカニズム)

  • 反復ストレスによる微小損傷

    • 棘上筋腱・滑液包が烏口肩峰弓下で繰り返し圧迫(インピンジメント)。

    • 前方偏位では前方関節包・上腕二頭筋長頭腱に負荷。

  • 静脈うっ滞・虚血:夜間臥位で弓下間隙が狭小化し夜間痛を誘発。

  • 鑑別に注意:CRPS、視床痛、凍結肩、腕神経叢牽引障害なども併存しうる。


典型場面と対処の要点

  • 寝返り時の「上肢置き忘れ」痛

    • 非麻痺側へ寝返ると、麻痺側肩が内旋・内転・伸展で引きずられ、棘上筋が弓下で擦過して急性痛。

    • 対処:寝返り前に麻痺側上肢を胸前で抱える/枕・タオルで支持。ベッド上移動時も常に上肢を先に整える。

  • 夜間痛

    • 側臥位では間隙狭小化。肩前後へ小枕を入れて弓下圧を軽減、肩甲帯を軽度挙上・前傾で支持。


評価のポイント(安全・簡便)

  • 視診/触診:肩峰外側‐骨頭間の段差(指何本ぶんか)、三角筋の張り、肩甲帯の位置(下制/下方回旋)。

  • 疼痛誘発肩甲骨を必ず介助し、肩甲面(scapular plane)での他動挙上。90°超は肩甲骨の上方回旋+後傾を同時誘導

  • 必要に応じて:X線で骨頭位置、エコーで腱板・滑液包の状態を確認。


亜脱臼・疼痛への実践介入

1) ポジショニング/ハンドリング

  • 禁忌:上肢を牽引しない、腋窩からぶら下げて移乗しない。

  • 座位・立位:前腕支持台、アームトラフ/ラップボード、**机上荷重(閉鎖性運動連鎖)**で骨頭を関節窩へ誘導。

  • 臥位:肩甲帯軽挙上+軽前方、上腕軽外旋、肘軽屈曲・前腕回外、手指は機能的肢位。

2) 補助装具(スリング等)

  • 目的は“二次障害予防”(牽引ストレス軽減・皮膚損傷予防・安全移動)。

  • 選択:GivMohr®/半側スリング/ボバースロール等。

  • 長時間固定は避ける:上肢の使用機会・歩行時の振りの消失、拘縮助長に配慮し場面で使い分け

3) 電気刺激(NMES)

  • 急性~亜急性期棘上筋+後部三角筋へ低~中周波NMESを併用すると、下方亜脱臼の軽減と姿勢保持に有効。

  • 痛みが強い場合は高頻度TENSを短期的に併用。

4) 体幹・肩甲帯の再学習

  • 前鋸筋・僧帽筋下部の促通(ウォールスライド、四つ這いローディング)。

  • 肩甲骨の上方回旋・後傾を伴った肩甲面挙上の練習(痛みゼロ~軽度内で反復)。

5) 腱板ユニット(棘上筋+棘下筋)の促通

  • 外旋・外転の低負荷反復(タオル挟み等尺外旋、エラスティック軽荷重)。

  • 机上でのクローズドチェーン(前方へ体重移動しながら骨頭求心位を学習)。

  • 反復は痛み無し/代償最小/注視+軽い皮膚刺激を併用。

6) 可動域(ROM)時の注意

  • 90°超の挙上・外転は、肩甲骨誘導が必須

  • 内旋強制+水平内転は回避(前方組織ストレス)。

  • 他動は肩甲帯固定/上腕の軽外旋で弓下衝突を回避。


クリニック・病棟で使えるミニチェックリスト

  • ☐ 上肢は常に支持(座位・移乗・歩行開始~終了まで)

  • 牽引しない、腋窩持ち上げ禁止

  • ☐ 臥位・夜間は枕・タオルで弓下圧を逃がす

  • ☐ 1日の中でNMES+反復練習のセットを確保

  • ☐ 痛みが出る範囲を回避して反復(no pain, plenty gain)


Q&A

Q1. 三角巾は常時つけるべき?
A. 目的は二次障害予防です。移動・屋外・介助場面などで活用し、安静時や訓練場面では使用機会の確保を優先し外すことも検討します。

Q2. どんな運動が効果的?
A. 肩甲帯の上方回旋・後傾+腱板(外旋・外転)促通。机上荷重や等尺外旋など低痛・高反復が基本です。

Q3. いつ画像検査を考える?
A. 夜間痛が強い/外傷エピソード/可動域著減/圧痛局在が明確なときは、腱板断裂・石灰沈着・凍結肩などの鑑別のためX線/エコーを検討。

Q4. 予防の最大ポイントは?
A. 誤ったハンドリングをしない(牽引しない)常に支持肩甲帯のセット(上方回旋・後傾)早期のNMES+反復練習です。


最終更新:2025-09-19