頸椎捻挫(むち打ち症)のリハビリ治療

むち打ち症の概要

  • 定義:頸部が“ムチを打つ”ように急激な過屈曲/過伸展し、筋・筋膜、靭帯、関節包、椎間関節、椎間板などが損傷した状態。

  • 主因:交通事故が最多。画像で所見が乏しくても、筋膜障害や神経系の過敏化が痛みを長引かせることがある。

  • 初期評価:X線で骨折・脱臼の除外 → 強い痛みや疑わしい所見でCT、神経症状があればMRIを検討。

  • レッドフラッグ:進行する四肢脱力/しびれ、歩行障害、膀胱直腸障害、発熱や激烈な頭痛、意識障害などは至急受診。

なぜ治療が難しいのか(臨床的現実)

  • 症状の多様性と遅発性:頸・頭・胸郭・上背部痛、しびれ、めまい、倦怠感、睡眠障害などが混在し、発症後しばらくして出現・増悪することも。

  • 生物心理社会モデル:不安・抑うつ・PTSD様反応、さらに訴訟/保険文脈が回復を遅らせることがある。

  • 過介入リスク:深く速い直接手技は交感神経の再活性化や痛みの“パンデミック”を招きやすい。


代表的な5分類と対応の要旨

  1. 頸椎捻挫型(最多)
     筋・筋膜/椎間関節/椎間板が疼痛源。急性期は鎮痛と過剰刺激の回避、のち段階的に可動域・姿勢再学習。

  2. 神経根症状型
     しびれ・筋力低下などの末梢神経根症状。短期の頸椎カラー+安静、炎症軽快後に神経ダイナミクスと可動域回復

  3. 脊髄症状型
     中枢性麻痺や膀胱直腸障害。入院管理・外科的評価が優先。

  4. バレー・リュー症状型(後頸部交感神経症候群)
     めまい・耳鳴り・頭痛・倦怠など自律神経症状。刺激最小化、睡眠・ストレス調整。

  5. 脳脊髄液減少症
     起立性頭痛など多彩。専門治療(ブラッドパッチ等)に準拠。


問題となりやすい筋肉

慢性疼痛(TP)の原因となりやすい筋は、前頸部の胸鎖乳突筋斜角筋の2つです。ただし多かれ少なかれ、僧帽筋肩甲挙筋大胸筋、顎関節周囲の筋、前頭部深層の筋、そして後頸部・上背部の脊柱筋も影響を与えていることがあります。

  • 胸鎖乳突筋のトリガーポイントと関連痛領域

  • 斜角筋のトリガーポイントと関連痛領域


時期別アプローチ(二相モデル:「熱い」vs「冷たい」)

熱いむち打ち(おおむね受傷後~3–6週)

  • 特徴:交感神経の過覚醒、過警戒、炎症、筋スパズムによる“固定”、直接の触刺激に防御反応。

  • 組織感:柔らかい/腫れた印象。触診は痛みが出やすい。

  • 目標交感神経を鎮静し、自発的な微小運動性(運動)を回復。

  • 禁忌/注意:長時間・深部・高速の直接手技は避ける。小さく短いセッションで反応を確認しながら段階的に。

冷たいむち打ち(亜急性~慢性)

  • 特徴:靭帯・関節包・深部筋膜の頑固な硬化/癒着、関節可動制限が主座。

  • 組織感:深部で密・硬。タッチは痛みにくいが、やり過ぎると“熱化”して再燃。

  • 目標関節モビライゼーションと**層の分離(スリーブとコア)**で可動性を取り戻す。

  • 注意:深さ・範囲・時間を上げるときもゆっくり。反応を常に再評価。


介入の原則

1)熱いむち打ち:まず“神経を鎮める”

  • セッション設計:短時間・低侵襲・段階的。患部前後に他部位から触れる(意識の“ズームアウト”)。

  • 呼吸運動テクニック(推奨)

    • 施術者の両手で胸郭の動きの弱い部をやさしくサンド

    • 「ここに吸って」等の指示は避け、通常呼吸で前後方向に空間が満ちる感覚を共有。

    • 10分程度、部位を移しながら固有感覚を再学習。

  • 運動性の促進:他動強圧ではなく、患者自身の微小運動(呼気に合わせた胸郭拡張、頸~胸椎の小さな回旋/伸展)で反射の“凍結”を解く。

  • 体位:背臥位で症状が強い場合は座位での介入へ。

2)冷たむち打ち:構造を解きほぐす

  • 頸部コア・スリーブテクニック

    • 目的:浅筋膜(スリーブ)と深層(コア)の分離、頸の前面/側面の“襟”をゆるめる準備。

    • 手技:軽く握った拳の手背で胸鎖乳突筋前面の浅層をとらえ、患者のゆっくりした自動回旋で層を滑走→分離。喉の圧迫は禁止。

  • 頸部平行移動(トランスレーション)テクニック

    • 目的:椎間関節包・黄靭帯・横突間靭帯など深部制限の解放。

    • 手順:頭部は中間位で保持し、対象椎体より頭側の頸椎群とともに左右平行移動を評価。制限側にやさしい圧+反対側への側屈を同期して、4–6呼吸待って軟化を待つ。

    • バリエーション:軽い屈曲/伸展位で再評価、必要に応じて間接法(楽な方向)も。


セッション戦略(3つのキーワード)

  1. 準備:初回は軽いタッチから。過覚醒の神経系を圧倒しない

  2. 分離四肢→体幹→頸の順で“保護的緊張”を解く。肩帯/上肢・骨盤帯/下肢を先に処理すると頸が解けやすい。

  3. 統合:最後に環椎後頭関節(C0–C1)や仙腸関節などキーポイントで全体の連動を回復し、再発しにくい姿勢‐運動パターンへ。


患者教育とセルフケア

  • 自律神経ケア:睡眠衛生、画面刺激の制御、軽い有酸素運動、鼻呼吸+長い呼気の練習。

  • 負荷管理:仕事/家事/スマホ姿勢の**“使いすぎ”**を見直し、こまめに分割。

  • 段階的復帰:症状の変動が小さく、日常動作で不安がなく、深頸屈筋の軽負荷保持が可能になってから、短時間復帰→漸増。


ありがちな落とし穴

  • 痛みの場に長く/深く/速く触れ続ける。

  • 画像所見が乏しい=問題なし、と解釈して過剰負荷

  • 頸だけを見て全身戦略を欠く

  • 慢性期に一気に強める→熱化・再燃。


ミニFAQ

Q. 初回から関節モビライゼーションを深く行ってよい?
A. 熱い期はNG。まずは交感神経鎮静と運動性の回復を優先。反応を見て段階的に深める。

Q. めまいが強いときは?
A. 前庭系/頸性/自律神経の複合を想定。頭位変換で悪化する強い悪心や神経兆候を伴う場合は医師評価を先行。

Q. セルフケアの第一歩は?
A. 1日数回の胸郭を使った鼻呼吸(長い呼気)と、短時間の分割活動。スマホ首を避け、画面は目線の高さへ。


最終更新:2025-10-05