上後鋸筋の概要
上後鋸筋は胸郭上部後面に位置する薄い筋で、表層を僧帽筋・菱形筋に覆われます。吸気時に第2–5肋骨を挙上して胸郭を拡張するため、吸気の補助筋として働きます。
名前が似た下後鋸筋は反対に、呼気で下位肋骨を内下方へ牽引して胸郭を縮小する呼気補助筋です。
基本データ
| 項目 | 内容 |
| 支配神経 | 第2〜5肋間神経 |
| 髄節 | T2–T5 相当 |
| 起始 | 項靱帯(下部)、C7–T3棘突起 |
| 停止 | 第2–5肋骨の肋骨角外側 |
| 作用 | 吸気補助(第2–5肋骨の挙上) |
| 筋体積 | 約9.8 cm³ |
| 筋線維長 | 約5.0 cm |
機能と臨床的意義
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呼吸:安静呼吸での寄与は小さめ。運動時・咳嗽時・過呼吸で活動増。
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姿勢・肩甲帯:僧帽筋・菱形筋の過緊張/機能不全と併発しやすく、上背部の張り感や肩甲骨内側の深部痛に関与。
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鑑別のコツ:肩甲骨運動で増悪→菱形筋寄り/呼吸で増悪・軽減→上後鋸筋寄り。
触診・セルフチェック
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体位:座位 or 腹臥位。
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ランドマーク:肩甲骨内側縁のさらに内側・上方(第2–5肋骨角付近)。
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方法:浅層の僧帽筋→菱形筋を“オフ”して、深部へ軽圧。吸気タイミングで奥の滑走感を捉える。
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再現テスト:鼻から深吸気で**上背部(第2–5肋骨区)**が張る/痛む=関与示唆。
トリガーポイント(TP)

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主訴:肩甲骨上内側~肩背部の深い痛みや灼けるような違和感があり、ときに後頸部・上腕後側へ放散して「肩甲骨の裏がつる」感じになる。
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誘因:長時間の前かがみ・猫背姿勢での作業、浅くて速い胸式呼吸・咳の反復、冷えやエアコン直風、広背筋や僧帽筋上部の過緊張に引きずられること。
ケア(ストレッチ/エクササイズ)
1) 呼吸性モビライゼーション(ストレッチ)
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座位で両腕を前で軽く抱え(肩甲骨を外転)、背中を丸める。
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長い呼気で肋骨を沈め→穏やかな鼻吸気で背部後上方に空気を誘導。
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5–8呼吸 × 2–3セット/痛みが出たら可動域を小さく。
2) 促通(アクティベーション)
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セラピスト:第2–5肋骨角外側へごく軽い頭側誘導→患者は背部に広がる吸気。
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自主:フォームローラーを肩甲帯下に置き、吸気で背部をロールに当てる意識。
3) 併用すると良い介入
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横隔膜呼吸(腹部360°膨張・口すぼめ呼気)
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胸椎伸展エクササイズ(椅子背もたれ/フォームローラー)
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僧帽筋上部・菱形筋のリラクセーションで肩甲帯の滑走改善
注意:強圧の押し込みや息こらえは反射的緊張を高め逆効果。痛気持ちいい強度で。
よくある誤解とポイント
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「肩こりの主因は上後鋸筋」 → 単独で強い力を出す筋ではなく、呼吸・胸郭可動性の問題が根っこにあることが多い。
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「呼吸時痛=筋だけ」 → 肋間筋炎・肋軟骨炎・肋骨ストレスも鑑別。
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ケアの基本は“リズム”:過剰努力で吸い込まず、ゆっくり長い呼気+静かな吸気を優先。
よくある質問(Q&A)
Q1. 上後鋸筋と下後鋸筋の違いは?
A. 上後鋸筋=吸気補助(第2–5肋骨を挙上)、**下後鋸筋=呼気補助(下位肋骨を内下方へ牽引)**と作用が逆です。
Q2. どこが痛くなりますか?
A. 肩甲骨内側〜上背部に鈍い張りや圧痛。呼吸で増悪・軽減するなら関与が濃厚です。
Q3. 自分でできる対策は?
A. 横隔膜呼吸+胸椎伸展を基本に、フォームローラーやボールを用いた穏やかなリリースを毎日少量ずつ。
Q4. 受診すべきサインは?
A. 胸痛・息切れ・冷汗・呼吸困難など内科的警告症状、夜間痛が強い/数週間改善しない場合は医療機関へ。
まとめ
上後鋸筋は薄いが機能的に重要な吸気補助筋です。僧帽筋・菱形筋の陰に隠れて見逃されやすいものの、胸郭可動性の改善・呼吸の最適化により上背部の不快感軽減やパフォーマンス向上が期待できます。
最終更新:2025-10-16
