上腕二頭筋腱断裂の概要
上腕二頭筋は長頭(関節上結節)と短頭(烏口突起)から起こり、橈骨粗面と前腕筋膜に停止します。起始側が切れると近位腱断裂(多くは長頭腱)、停止側が切れると遠位腱断裂となります。断裂直後から上腕の“力こぶ”が下方に移動するPopeye徴候(ポパイの腕)が典型的な症状であり、視診で見落としにくい所見です。
引用元:古東整形外科内科
発生メカニズムと解剖学的背景
長頭腱の断裂が多い背景には、解剖学的な弱点があります。長頭腱は結節間溝部で走行の向きを約90度変えるため、常に力学的なストレス(圧迫や摩擦)を受けやすい環境にあります。さらに、結節間溝の形状は近位部で狭い三角形、遠位部で広い四角形となっており、この形状も摩擦ストレスを生じやすくする要因です。
スポーツなどでジャンプやダッシュ、急激な動作によって腱へ過度な張力が加わることで断裂することが多いですが、反復動作による摩擦で微細な損傷が生じる「腱炎」から断裂へと進行することもあります。また、中高年以降では腱板断裂に合併して生じることも多く見られます。
シーネ固定と安静のコツ
肩の大振りな屈曲・外転でも腱張力が上がるため肩の使い過ぎに注意します。上腕二頭筋長頭腱は、肩関節の肢位によって緊張度が変化します。例えば、肩関節下垂位(第1肢位)での内旋位では腱の緊張は低下しますが、外旋位では適度に緊張し上腕骨頭を上方から押さえつけるように働きます。このように肢位によって腱への負荷が変わることを理解しておくことが重要です。就寝時は前腕回外・肘90°屈曲を保ちやすい姿勢づくり(枕やタオルで支持)を行います。
保存療法(主に近位・長頭腱断裂)
- 痛みの管理: アイシング・短期間の安静→早期から肩・肘の痛みない範囲での可動域訓練。
- 筋力強化: 代償となる上腕筋・腕橈骨筋・回外筋を中心に段階的に筋力強化を行います。
- トリガーポイントの確認: 上腕二頭筋に負担がかかっている場合、起始部(肩関節付近)に近い部位に問題があると肩関節~上腕前方に痛みが放散し、停止部に近い部位に問題があると上腕~肘関節前方に痛みが生じます。痛みの部位から負担のかかっている箇所を推測します。
見た目の左右差(力こぶの位置)は残りますが、日常生活の多くは自立可能です。
鑑別・評価のヒント
視診・触診(Popeye徴候や結節間溝部での圧痛)に加え、以下の整形外科的テストや画像診断が有用です。
- Speed test(スピードテスト): 肩関節下垂・肘関節伸展・前腕回外位で、肩関節の屈曲(前方挙上)に対して抵抗を加えます。上腕二頭筋の収縮を利用して結節間溝部に痛みが誘発されれば陽性です。感度は高いものの特異度は低いとされています。
- Yergason test(ヤーガソンテスト): 肘関節を90度屈曲させた状態で、前腕の回外運動に対して抵抗を加えます。感度は低いですが、特異度が高い検査です。肩関節を下垂位よりも過伸展位で行うと、結節間溝部での長頭腱の折れ曲がりが鋭角となり、機械的な圧迫力(刺激)が強まるため、より鋭敏に痛みを観察することができます。
- ※注意点: 上記の2つのテストは、長頭腱の損傷だけでなく、SLAP損傷(上方関節唇損傷)でも陽性となる可能性があるため、鑑別が必要です。
- 伸張テスト: 肩甲骨を固定し、肩関節を下垂位、肘関節を最大伸展位、前腕を回内位とした状態から、肩関節を伸展方向へ動かします。伸展角度の低下や痛みがあれば、上腕二頭筋長頭の伸張性の低下(硬さ)が疑われます。
画像診断
- MRI: 正常な腱は均一な低信号で描出されますが、腱内部に高信号を認める場合は断裂や変性が疑われます。長頭腱の完全断裂では、結節間溝に腱が同定できなくなります。また、長頭腱の安定性に関与するbiceps pulley(鳥口上腕靭帯など)の損傷(hidden lesion)の有無を確認するのにも有用です。
- 超音波(エコー): 断裂の程度や、動的な評価において有用です。
断裂しても生活できる?
- 長頭腱(近位)断裂: 痛みは数週で軽快します。肘屈曲・前腕回外の筋力は約10–20%低下に留まることが多く、高齢者や活動量が低い場合は保存療法が選択されます。
- 遠位腱断裂: 肘屈曲で40%超、回外で50%超の筋力低下+持久力低下を生じやすく、原則手術適応となります。ただし、頻度はまれ(近位に比べ極少数)です。
- 術後リハビリの標準的な流れ(遠位修復の一例) ※医師の指示・縫合法で前後します。痛みや腫脹がある日は無理をしないこと。
一般的な流れ
1) 0–1週:直後期
- 固定: シーネで回外・肘90°屈曲(腱を弛める肢位)。
- 管理: 常時アイシング、浮腫管理。
- 運動: 指・手関節・肩関節の患部外可動運動、軽いパンピング。
2) 2–4週:固定除去移行期
- 固定: 日中のみシーネ。リハ時は外す。
- 可動域: 肘の自動介助→自動。痛みが出ない範囲で漸増。
- 筋力: 肘屈曲・回外の等尺性から開始、徐々に等張性へ。
- ポイント: はじめは回内位で屈曲(上腕二頭筋負荷を抑える)→中間位→回外位へ段階的に。
3) 5–10週:運動期
- 可動域: 必要に応じて他動運動を追加し末端まで回復。
- 筋力: 壁押し腕立て・バルーンプレス等の自重負荷を漸増。
- ケア: リハ後アイシング。
4) 8–12週:復帰準備~復帰
- 運動: 競技特異的ドリルを軽負荷から再開。
- 目安: 肘屈曲筋力・握力が健側比80%以上、痛み・腫脹なしで日常強度の課題完遂。
- 完全復帰の目安: 術後約12週(作業・競技内容で調整。
よくある質問(Q&A)
Q. 断裂は自然にくっつきますか?
A. 近位長頭は機能的に代償されやすい一方、解剖学的な再付着は基本的に期待しにくいです。遠位は機能損失が大きく、早期手術が推奨されます。
Q. いつから筋トレできますか?
A. 目安は2~4週で等尺性、5週以降で軽い等張性/自重、8週以降で競技特異的。必ず主治医の許可と痛みの反応で調整します。
Q. 仕事復帰の目安は?
A. 事務等は数週、重量物の取り扱い・上肢酷使は12週以降を目安に段階復帰。安全第一で行います。
Q. 断裂の予防は?
A. 肘屈曲・回外の急激な高負荷や、デッドリフト/引き動作時の回外位での急牽引を避ける。また、反復動作による「腱炎」の段階でしっかり炎症を抑えることが断裂予防につながります 。十分なウォームアップと握力補助具の活用も有効です
最終更新:2026-07-16

