横隔膜(diaphragm)
横隔膜は“膜”という名称に反し、実体は**骨格筋(横紋筋)**です。
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収縮:腱中心が下降 → 胸腔が拡大 → 胸腔内圧が低下 → 吸気
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弛緩:腱中心が上昇 → 胸腔が縮小 → 胸腔内圧が上昇 → 呼気(受動)
胸腔が広がると相対的に腹腔は狭まり、腹圧が上昇。排尿・排便・嘔吐・分娩補助、脊柱安定化などにも関与します。安静時の吸気の60–80%を横隔膜が担い、残りは外肋間筋などが補います。安静吸気で腱中心は約1–2 cm下降し、胸郭容積は約300–500 mL増加します。
基本データ
| 項目 | 内容 |
| 支配神経 | 横隔神経(中央) ※変異として副横隔神経**がC5や頸神経ワナから合流することあり。 |
| 髄節 | C3–C5(臨床的にはC4の寄与が最も大きい) |
| 起始 | ①胸骨部:剣状突起後面 ②肋骨部:第7~第12肋骨の内面および肋軟骨・肋骨弓(下位6肋) ③腰椎部: ・右脚:L1–L3(ときにL4)の椎体・椎間円板前面 ・左脚:L1–L2の椎体・椎間円板前面 ・弓状靱帯: 正中弓状靱帯(大動脈裂孔の前縁)/内側弓状靱帯(大腰筋上)/外側弓状靱帯(方形腰筋上)からも起始 |
| 停止 | 腱中心 |
| 栄養血管 | 主に下横隔動脈。そのほか 上横隔動脈・心膜横隔動脈(内胸動脈系)・筋横隔動脈 などが関わる |
| 動作 | 吸気の主力呼吸筋(腹式呼吸) |
| 拮抗筋 | 腹筋群全体 |
三裂孔の位置と通過構造
横隔膜には血管、神経、食道などが通過するための大きな裂孔が3つあります。
| 裂孔 | 高さ | 通過する組織 |
| ①大静脈孔 | T8 | 下大静脈、右横隔神経の枝 |
| ②食道裂孔 | T10 | 食道、迷走神経(前後幹) |
| ③大動脈裂孔 | T12 | 大動脈、胸管(+しばしば奇静脈) |
語呂合わせ「大静脈8・食道10・大動脈12」で覚えてください。
評価(まず見るポイント)
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呼吸パターン:下位肋骨が前・側・背に3D拡張するか。胸式優位/肩で吸う場合は横隔膜低活動を示唆。
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左右差:側臥位で患側胸郭の拡張が乏しければ一側機能低下を示唆。
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代償筋:胸鎖乳突筋・斜角筋・上部僧帽の過緊張。
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簡易指標:呼吸数(安静12–20/分)、会話耐性、Borg息切れ、SpO₂。
触診/ハンズオンのコツ(安全第一)
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剣状突起直下〜肋骨弓内側に指腹を軽く当てる。
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患者に鼻から吸気を促し、下方・外側への肋骨拡張を誘導。
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呼気では手をそっと留め、胸郭の戻りをガイド。
禁忌・注意:急性上腹部術後、症候性食道裂孔ヘルニア・上部消化管出血、重度の肋骨骨折、妊娠後期などは医療者判断で可否を。疼痛や不快感があれば即中止。
トレーニング方法
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腹式呼吸(鼻吸気・口呼気):5–10分/日(背臥位→座位→立位)
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呼気抵抗(ストロー呼吸やPEPデバイス)で横隔膜の収縮‐弛緩を丁寧に学習
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下位肋骨の外向き誘導を意識したラテラルコスティルブリージング
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骨盤底筋との連動:吸気で骨盤底を受ける、呼気で軽く引き上げる
目的:換気量の改善/息切れ低減/体幹安定化。疾患の治療そのものではなく、症状緩和と機能改善がターゲット。
横隔膜の働きを促通する方法
目的:下位肋骨の外方拡張を促し、横隔膜優位の呼吸を学習する。
方法:仰向け。親指以外の指腹で肋骨弓の縁を広くとらえる。
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吸気:鼻で吸いながら、手で外上方向へ“案内”する(数mm~1cmの感覚)。
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呼気:口から細く吐き、手はそのまま軽い接触で戻りを感じる。
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回数:5~10呼吸×2~3セット/日。
呼吸関連筋の整理(用途別)
🫁 安静吸気(主動作)
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主動筋:横隔膜
→ 吸気時に腱中心が下降し、胸郭容積を増大。 -
補助筋:外肋間筋、内肋間筋の肋軟骨部(parasternal部)
→ 肋軟骨部を前上方へ引き上げ、胸骨を持ち上げる。
💨 努力吸気(補助吸気筋)
安静吸気では不足する換気量を補う筋群。
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斜角筋群(前・中・後)、胸鎖乳突筋、大胸筋・小胸筋、上後鋸筋・肋骨挙筋、前鋸筋、脊柱起立筋群(特に胸椎部)
👉 上部肋骨・胸骨を挙上し、胸郭を拡張させる作用。
🫷 努力呼気(呼気補助筋)
安静呼気は受動的(弾性収縮)だが、強制呼気ではこれらが働く。
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内肋間筋(骨部分:interosseous部)、腹直筋、外腹斜筋、内腹斜筋、腹横筋、胸横筋、肋下筋、下後鋸筋
👉 肋骨を引き下げ、腹圧を高めて胸腔内容を圧縮。
トリガーポイント(TP)

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場所:胸骨剣状突起の外側〜肋骨弓内面(第7–12肋骨内側縁)および腰椎前面の脚(右L1–3/左L1–2)付着部
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主訴:みぞおち〜肋骨弓の深部痛・締めつけ感(灼熱様)と下部胸椎への放散、息苦しさ・ため息増加・しゃっくり様違和感。
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誘因:浅い胸式呼吸や過換気、長時間の猫背座位・前屈作業、咳嗽・くしゃみ・重い物の挙上、歌唱/管楽器/長距離走、妊娠後期・腹部膨満。
横隔膜と腰痛症
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体幹深部で**腹腔内圧(IAP:Intra-Abdominal Pressure)**を調整し、脊柱を安定化させる筋群を総称して「インナーユニット」と呼ぶ。
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腰痛や鼠径部痛では、インナーユニット(横隔膜‐骨盤底‐腹横筋-多裂筋)の協調不全が体幹制御に影響。
- インナーユニットが連動的に働くことで、腹圧が適切に制御され、体幹剛性と脊柱安定性が保たれる。
よくある質問(Q&A)
Q1. 横隔膜が弱いとどんな症状が出ますか?
A. 呼吸が浅くなり、頸部の補助筋への過依存で首・肩こり、易疲労、運動耐容能低下、階段での息切れが増えます。
Q2. 横隔膜を鍛える方法は?
A. 腹式呼吸の反復、呼気抵抗(ストロー/PEP)、下位肋骨の外方拡張を意識した呼吸練習。可能なら超音波バイオフィードバックが効果的です。
Q3. 横隔膜と骨盤底筋はどう連動しますか?
A. 吸気で横隔膜が下降し腹圧が高まると、骨盤底は受動的に下降→張力で支持。呼気で横隔膜が上がる際、骨盤底は軽く収縮して圧を回収します。尿失禁の運動療法でこの協調が重要です。
Q4. 自主マッサージや呼吸練習の禁忌は?
A. 術後早期、症候性食道裂孔ヘルニア、強い上腹部痛/出血、妊娠後期などは専門職に確認。痛み・めまい・吐き気があれば中止。
Q5. 一側機能低下を簡単に見分ける方法は?
A. 側臥位で上下肋骨の呼吸性挙上を触診・視診。可能ならスニッフテストや超音波でエクスカーション差を確認します。
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最終更新:2025-10-11




