人工股関節全置換術後のリハビリ治療について、わかりやすく解説していきます。
この記事の目次はコチラ
人工股関節全置換術の概要
人工股関節全置換術(Total Hip Arthroplasty:THA)は、摩耗した大腿骨頭や寛骨臼にかぶせ物をして、股関節の痛みをとるための手術になります。
変形性股関節症や関節リウマチなどによって、荷重面に摩耗や欠損が認められる場合に適応されるTHAですが、その構成要素は四つになります。
- 骨頭ボール(大腿骨の関節面を構成する金属部分)
- 大腿骨ステム(大腿骨の中に埋め込んで骨幹部を構成する金属部分)
- カップ(寛骨臼に埋め込んで大腿骨と関節面を構成する金属部分)
- ライナー(関節軟骨の代わで摩擦の少ないスムーズな動きを実現させるためのポリエチレン部分)
臼蓋と骨頭の大きさについて
通常、女性の臼蓋部は48-52㎜あるのですが、従来の人工股関節では22㎜という小さなものでした。
その理由として、ライナー(軟骨部)が磨り減るまでの時間を長くして、人工股関節の寿命を長くしたかったからです。
ただし、臼蓋が小さいとその分だけ可動域が制限されてしまい、その範囲を超えると股関節が脱臼してしまうという大きなリスクがありました。
それが現在では、ライナー部分が摩耗しにくい素材になってきており、薄いにも関わらず長持ちできる構造となってきています。
そのため、骨頭ボールを大きくすることができ、従来よりも可動域が大きく稼げるようになりました。
人工股関節の可動域目標は屈曲100度、外転30度といわれていますが、現在は素材の進化により、さらに大きな可動域を獲得することも可能です。
人工股関節の耐用年数
現在、人工股関節が20年持つ可能性は95%といわれており、30年持つ場合も多く見受けられます。
それに伴い、従来は再置換術の困難さを考慮して適応年齢が60歳以上であったのに対し、現在は50歳代でも積極的に実施されるようになりました。
手術の合併症と頻度
合併症 | 発生率 |
深部静脈血栓症 | 20-30% |
脱臼(再置換術後) | 5-15% |
脱臼(初回) | 1-5% |
術中大腿骨折 | 5% |
神経障害 | 1% |
深部感染 | 0.2-1.0% |
致死性肺血栓塞栓症 | 0.5%未満 |
THA後の神経障害の発生
THAが適応となる患者では、患側下肢長の短縮や関節可動域制限をきたしている場合が多いため、坐骨神経が短縮している場合があります。
術後は下肢長を揃えるために患側が延長し、可動域も増加するため、短縮していた坐骨神経が引き延ばされて障害を呈することがあります。
これを脚延長説といい、著明な短縮や制限が認められるケースほど発症しやすく、リスクのひとつとして考慮することが大切です。
リハビリでは徐々に神経の延長性を高めるように神経系モビライゼーションを加えながら施術していきます。
前方アプローチと後方アプローチの違い
前方アプローチでは、前方関節包を切除するために前方脱臼リスクが高まりますが、脱臼の割合は後方アプローチに比べて少ないとされています。
筋肉を切開しないために早期の機能回復が期待できますが、後方からに比べて手術視野が狭く、大腿神経を損傷させるリスクが高まります。
リハビリテーション
THA後のリハビリは早期歩行の獲得を目的として、筋力強化、歩行練習、生活動作練習、患者教育が中心となります。
とくに患者教育は股関節が脱臼しやすい姿勢を覚えてもらうことが非常に大切なので、その人の生活様式に合わせて説明していくようにします。
入院期間は3〜4週間である場合が多く、その後は外来リハビリや自宅トレーニングにて徐々に慣らしていきます。
股関節周囲筋の筋力強化
変形性股関節症を長い間にわたって患っていた方では、股関節周囲筋に筋力低下をきたしているはずです。
とくに大殿筋と中殿筋の萎縮は歩行状態を悪化させて跛行を引き起こす原因となりますので、術前より積極的なトレーニングが必要となります。
人工関節に取り替えても、周りの筋肉や関節包はそのままなので、できる限りに良い状態を保っておくことが術後の早期回復には有用です。
歩行練習
早ければ、術後の翌日より歩行練習を開始します。
荷重量を調整しながら、①平行棒➡②歩行器➡③杖と段階的に負荷を上げていきます。
前述したように、術前より著明な筋力低下をきたしていたケースでは、痛みが消失しても跛行が残存してしまう場合があります。
股関節周囲の筋力低下で起こる跛行
トレンデレンブルグ歩行
トレンデレンブルグ歩行では、中殿筋の収縮が不十分となり、骨盤を水平の位置に保持できないために、立脚期に反対側の骨盤が下がります。
中殿筋はその役割の重要性に反して萎縮が起こりやすいため、術前より気がけてトレーニングしておくことが大切です。
デュシェンヌ歩行
デュシェンヌ歩行では立脚期に体幹を側屈させることで、弱化している中殿筋にかかる負荷を逃がすようにします。
前述したトレンデレンブルグ歩行よりも重度のケースで発生しやすいです。
股関節屈曲位歩行
股関節屈曲位歩行では、大殿筋の弱化および可動域制限にて股関節を伸展位に保持することができません。
腰椎前弯と骨盤前傾にて代償し、お尻が突き出た歩行姿勢となります。
患者教育(脱臼姿勢について)
後方アプローチの脱臼姿勢
人工股関節全置換術後では、脱臼肢位についての指導が重要になります。
術式が後方アプローチの場合は、股関節の「屈曲+内転+内旋」の肢位で骨頭が後方へ脱臼しやすくなります。
前方アプローチの脱臼姿勢
術式が前方アプローチの場合は、股関節の「伸展+内転+外旋」の肢位で骨頭が前方へ脱臼しやすくなります。
これらはあくまで前方侵入なら「前方に脱臼しやすい」、後方侵入なら「後方に脱臼しやすい」という話だけであり、必ずしもそちらに脱臼するわけではないことに注意してください。
脱臼は術後から3ヶ月以内が起こりやすいとされているため、早期はとくに気がけて動作を行うことも大切です。
過剰な動作制限は禁物
人工股関節全置換術を受けた方々は、今後の人生を「脱臼リスク」という十字架を背負いながら生きていくことになります。
そのため、どのような姿勢で脱臼する可能性が高いのかを徹底的に教え込まれ、そのリスクに怯えながら生活することになります。
脱臼の発生率に大差はない
119件もの文献から抽出された論文の調査によって、過度な運動制限を行っても脱臼の発生率が下がることはないという結果にいたっています。
もちろん、これは脱臼姿勢をとってもいいという訳ではなく、従来のように恐怖心を植え付けてまで徹底する必要まではないということです。
その研究においては、徹底した脱臼姿勢の指導は、日常生活に復帰するまでの期間を長期化させるといったデメリットまで報告されています。
脱臼リスクを一律に考えない
個人的な感想を書かせていただくと、脱臼するかしないかに最も関わる因子は、手術でしっかりと固定されているかどうかだと思います。
また、本人の身体状態(靱帯や筋肉などの弱化)が大きく影響するため、一律に脱臼リスクを考えるよりも、個人因子に目を向けて考えていくことのほうが重要と考えられます。
もしかしたら、恐怖心によって活動を制限してしまい、筋肉が萎縮してしまうような悪循環に陥ってしまうかもしれません。
なので、「脱臼する人はするし、しない人はしない」と、気軽に考えておくほうが治療成績が上がることもあるのです。