多発性硬化症のリハビリ治療に関する目次は以下になります。
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多発性硬化症の概要
多発性硬化症(multiple sclerosis:MS)は、中枢性脱髄疾患の一つです。
詳しい原因は不明ですが、ウイルス感染などが引き金となって免疫系が髄鞘をつくる蛋白質を異物として認識してしまい、髄鞘を破壊すると考えられています。
日本での有病率は10万あたり1-4人とされています。欧米人(白人)に多い病気であり、欧米での有病率は10万人あたり30-90人です。
男女比は1:3で女性に多く、15-50歳までに好発し、発症のピークは20代後半になります。日本での罹患者は16,000人ほどです。
多発性硬化症の症状
大脳白質、小脳、脳幹、脊髄、視神経に限局性の脱髄病変が多発し、①空間的多発性(病巣の多発、②時間的多発性(寛解と憎悪)を特徴とする特定疾患のひとつです。
大脳白質とは、神経細胞の軸索部分ことであり、いわゆる灰白質と呼ばれる部位は細胞体の部分になります。図で見ると理解しやすいかと思います。
脱髄性疾患では、神経組織の髄鞘(ミエリン鞘)が限局して破壊されることにより、細胞体から発信された命令が素早く伝達されない状態となります。
基本的に髄鞘は障害を受けますが、軸索は比較的正常に保たれている状態を脱髄症状といいます。
MSにおける脱髄症状
多発性硬化症では、いわゆる脱髄症状のみ(軸索変性が全くない状態)のものから、ワーラー変性(軸索が萎縮して変性した状態)まで存在します。
通常、髄鞘のみの障害では跳躍伝導(ランヴィエ絞輪の間を跳びながら伝導)が障害されるのみなので、伝導速度の遅延が起こります。
しかし、脱髄症状が進行することで伝導がブロックしやすくなるため(体温に影響)、伝達異常が起こります。その場合、脳からの命令が伝えられない(または伝わらない)といった神経脱落症状が出現します。
また、多発性硬化症における伝達以上は遅延やブロックだけでなく、以下のような多様な伝導異常が起こることが報告されています。
レルミット徴候 | 頸部を前屈させると背中から下方に電撃的な痛みが放散する現象。頚髄後索の脱髄病変で起こる。。MSにおける出現頻度は7-53%。 |
有痛性強直性痙攣 | 手足などの筋が収縮し、こむら返りのように手足などの筋が収縮して動かせなくなる(数分~数十分) |
MLF(内側縦束)障害 | 側方注視時に病巣の眼球の内転ができなくなり、健側の眼球は外転時に眼振を伴う障害。MSの10%に出現する眼球運動障害。 |
MSの診断方法
多発性硬化症の診断では、①MRI検査、②脳脊髄液検査のふたつが有用となります。
MRIでは大脳白質、側脳室周囲、脊髄などに脱髄斑が認められるかを確認します。髄液検査では、IgG(免疫グロブリンG)の増加、オリゴクローナルバンドが陽性かを診ていきます。
確定診断のためには、以下の3つの基準を満たしていることが必要になります。
- 中枢神経内に2つ以上の病巣に由来する症状が出現
- 症状の寛解や憎悪が認められる
- 他疾患による神経症状を除外できる
多発性硬化症の治療方法
治療は主に薬物療法と血漿交換法が適用されます。
急性期の治療にはステロイドパルス療法や血漿交換法を行い、再発予防にはインターフェロンβあるいはフィンゴリモドが投与されます。
基本的には、初期治療と再発予防を徹底することにより、予後は良好とされています。
主な障害部位
多発性硬化症は急性発症し、一週間以内に初期の描像が完成します。
しかし、経過や症状は多様であり、脱髄している部位によって現れる症状は異なります。主な障害部位と症状は以下になります。
視神経
- 初発症状として最も多く、約50%の症例にみられる
- 視力低下、眼痛、かすみ目、中心暗転など
大脳
- 抑うつ、多幸感などの精神症状
- 記憶障害、運動麻痺、感覚麻痺
小脳
- 眼振
- 歩行障害、企図振戦、構音障害
脳幹
- MLF症候群、三叉神経痛、犠牲球麻痺
- 複視、運動失調、脳神経障害
脊髄
- 錐体路徴候:脱力、筋力低下、腱反射亢進、バビンスキー徴候など
- 脊髄横断症状:対麻痺、四肢麻痺、感覚障害、尿閉など
- 有痛性強直性痙攣:四肢などの筋痙攣によりしばらく動かせなくなる
- 排尿障害:神経陰性膀胱
- レルミット徴候:頸髄に頻発する
脱髄性疾患の分類
中枢性脱髄疾患の分類
特発性脱髄疾患 | 多発性硬化症 |
視神経脊髄炎 | |
急性散在性脳脊髄炎 | |
同心円硬化症(バロー病) | |
ウイルス性脱髄疾患 | 進行性多巣性白質脳症 |
亜急性硬化性全脳炎 | |
中毒性脱髄疾患 | 一酸化炭素中毒 |
低酸素脳症 | |
遺伝性脱髄疾患 | 異染性白質ジストロフィー |
副腎白質ジストロフィー | |
その他 | 橋中心髄鞘崩壊症;低ナトリウム血症の治療時に生じる |
ビタミンB12欠乏症 |
多発性硬化症の分類
1.再発寛解型MS(RRMS:relapseing-remitting MS)
- MS全体の90%を占める
- 男女比は1:3と女性に多い
- 脊髄(感覚優位)、視神経、脳幹に障害が出やすい
- 経過はゆっくりで発症から車椅子になるまでの中央値は33.1年
2.一次性進行型MS(PPMS:primary progressive MS)
- MS全体の10%を占める
- 男女比は1:1とRRMSに比べて男性比が高い
- 痙性対麻痺、小脳性運動失調が出やすい
- 経過は早く発症から車椅子になるまでの中央値は13.4年
3.劇症型MS
- MSの中でも発生頻度は非常に少ない
- 症状が重篤で速い進行経過をたどる
- 数週間から数か月以内に死亡する場合もある
リハビリテーション
特異性のある内容
- 主病巣に応じたリハビリプラグラムと重複障害
- 疲労を起こさせない効率的な動作練習
- 視覚障害への対策
- 生活指導(とくに入浴、季節、運動などによる体温上昇に対して)
- 職業訓練
時期別のリハビリ内容
1.急性期
- 炎症症状により髄鞘が破壊されて症状や障害が進行する時期
- 基本は安静を保つようにする
- 廃用症候群の予防にて体位変換、良肢位保持、関節可動域運動、呼吸理学療法を実施する
2.回復期
- 再髄鞘化が始まって回復過程に移行した時期
- 脳卒中片麻痺、痙性対麻痺、脊髄損傷、運動失調などの疾患に準じた治療を実施する
- 具体的には、関節可動域運動、筋力強化、バランス運動、起居動作歩行練習など
3.慢性期
- 症状は安定しているが障害は残存している時期
- 残存する障害に応じたプログラムを実施する
易疲労性について
脱随巣の血流障害、脱髄周囲の神経伝導に関わるエネルギーの喪失、持続する中枢神経の炎症などの影響によって疲労しやすくなります。
上記に加えて活動量の減少、筋力低下、痙性、神経伝導障害などの因子が加わり、軽い疲労感からADL困難に至る機能障害まで引き起こします。
多発性硬化症の治療においては、効率的な生活動作の指導を行うことで、疲労を起こさずに生活できることを目標とします。
温度変化による影響
正常な神経線維では、43°以上で神経伝導ブロックが起こりますが、脱髄した神経線維の実験では37°で神経伝導ブロックが起こると報告されています。
また、発熱や入浴、暖房などの体温上昇因子が症状悪化を招くことは明らかです。
リハビリにおける温熱療法と運動療法は、共に体温上昇因子となりますが、温度上昇に伴う症状悪化は数十分で回復することから絶対的禁忌ではないとの見解もあります。
しかし、やはり温度には十分な注意が必要であり、運動を行う場合の推奨室温は25°以下が提唱されています。
寒冷療法による症状管理
多発性硬化症患者の症状は、暖かい環境や活動時に生じる全身的な加温により憎悪することになります。
そのような患者に対しては全身の冷却がよく反応し、電気生理学的な計測値と臨床的な症状と機能の改善をもたらすとされています。
近年では冷却機能のある上衣は冷却機能のない上衣と比較して、疲労、筋力、姿勢安定性の改善をもたらすことが示されています。
おわりに
多発性硬化症の病態は多岐にわたり、憎悪と寛解を繰り返すために予後予測が非常に難しい疾患のひとつです。
いまだ原因が解明されておらず、根本的な治癒には至らない疾患ですので、治療の内容もあくまで対症療法に過ぎません。
それを考慮して、可能な限りに生活の質を維持できるように、リハビリ内容もその人に適したアプローチを考えていくことが大切です。
参考資料/引用画像
- 多発性硬化症.jp