手根管症候群のリハビリ治療について解説していきます。
手根管症候群の概要
手根管とは、手根骨と横手根靭帯(屈筋支帯)からなる間隙をいいます。
この中には正中神経と長母指屈筋腱(1本)、第2-5指の深指屈筋腱と浅指屈筋腱(4本ずつの計8本)が通過しています。
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手根管症候群(carpal tunnel syndrome:CTS)は、この部位が様々な原因によって障害され、間隙を通過する正中神経に麻痺をきたした状態を指します。
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手根管部を断面図から見てみると、正中神経が深指屈筋や浅指屈筋、長母指屈筋に囲まれていることがよくわかります。
これらの筋に炎症が起きて腫れると手根管の内圧が上昇し、正中神経を圧迫して神経麻痺を引き起こします。
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手根管症候群の特徴
全体での有病率は約4%であり、女性は男性に比べて3-10倍ほど発症のリスクが高くなります。
とくに妊娠出産期と更年期で発症しやすいとされています。
CTSは、糖尿病性ニューロパチーと並んで最も頻度の高い末梢神経障害です。
その多くは特発性であり、先天性の手根管狭小を基盤に手首の屈曲・伸展による物理的負荷により発症すると考えられています。
発症例のうち、約35%は未治療で自然寛解します。
自然寛解が期待できる四条件として、①診断時までの罹患期間が短い、②年齢が若い、③片側性、④Phalen徴候陰性が挙げられます。
臨床症状
手根管症候群と正中神経麻痺をイコールで覚えている人は多いと思いますが、実際は腕神経叢より起こっているため、その始まりは腋窩からになります。
そこから上肢を末梢に下行していきながら円回内筋や浅指屈筋などの筋肉を支配し、さらに前腕下部で手掌の知覚を支配します。
それよりさらに末梢にて手根管内を通過し、母指球筋への母指球枝(反回枝)を出して筋肉を支配し、さらに3本の総掌側指神経に移行して指の知覚を支配します。
そのため、手根管症候群で障害を受けるのは末梢の正中神経支配領域のみであり、具体的には母指球枝の支配筋と母指側3本半の知覚になります。
母指球筋枝が支配しているのは母指球筋(短母指外転筋,短母指屈筋,母指対立筋,母指内転筋)ですが、母指内転筋のみは尺骨神経支配です。
また、第1,2虫様筋も母指球筋枝の支配筋肉になります。
急性期には指先の痺れや痛みが明け方に強く現れますが、指を曲げ伸ばしすることにより症状が軽快します。
進行すると母指球が痩せていき、母指と示指でOKサインができなくなり、その状態を猿手といいます。
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発症の誘発因子
障害 | 原因 |
1.手根管の内宮を挟める局所因子 | 屈筋腱の腱鞘炎 |
関節リウマチによる滑膜炎 | |
人工透析患者のアミロイド沈着 | |
腫瘍、ガングリオン | |
骨折 | |
2.神経側の脆弱性 | 遺伝性圧脆弱性ニューロパチー |
糖尿病性ニューロパチー | |
3.全身性要因 | 妊娠 |
浮腫 | |
甲状腺疾患 | |
原発性アミロイドーシス |
保存療法の効果について
保存療法には薬物療法や物理療法、運動療法などがありますが、それらの有効性を示したエビデンスはほとんどありません。
唯一、薬物療法だけはプラセボ群より有意に効果があるとされていますが、その効果は短期間のみと限定的です。
一般的に消炎剤やビタミンB12、利尿剤、末梢循環改善剤などが処方されます。
ステロイド注射は軽症例や発症初期には有効とされています。
薬物療法は筋委縮や知覚神経障害が進行している重症例には効果がないとされています。
徒手的検査
1.チネル徴候(Tinel’s sign)
- 前腕腹側(手首側)を軽く叩打し、正中神経を刺激することで痺れが人差し指と中指に放散する
- 感度:23-60%,特異度:64-87%
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2.ファレンテスト(Phalen maneuver)
- 手首を屈曲させ、しばらくすると症状が増悪する
- 感度:10-91%,特異度:33-86%
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3.Hand diagram
- 患者に症状がある部位を詳細に図に書いてもらい、それが正中神経支配域に一致していること
- 感度:64%,特異度:73%
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4.その他
- 夜間に憎悪する疼痛
- 筋電図にて手根管をはさんだ正中神経の伝導速度の遅延
- 母指球筋の著明な萎縮により、母指は内転拘縮となる(猿手変形)
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手術療法の適応
4-8週間の保存的治療で効果がない場合は、自然寛解は困難と判断されて手術の適応となります。
外科的治療は合併症も極めて低く、最も有効な治療手段です。
母指球の萎縮が強く対立運動が困難な場合は、手掌腱膜の一部や腱を移行する母指対立筋形成が施術されます。
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リハビリテーション
CTSには物理療法や運動療法の効果が認められないと前述したように、基本的にはリハビリでの治癒は困難です。
しかし、原因が浮腫や炎症に由来している場合は改善を促すことができる可能性もあるため、正しい生活指導が重要になります。
安静及び固定
CTSでは使い過ぎによる悪化のリスクがあるため、運動や仕事の軽減、症状が再現しにくい手関節姿位の指導を実施する必要があります。
また、軽症例に対しては手関節中間位、または軽度の尺屈背屈位固定が有効とされています。
物理療法
物理療法に関しては、効果を認める文献はほとんどないため、原因に応じて取り入れるべきか検討します。
CTSの原因として、腱鞘炎や浮腫が考えられる場合は、超音波療法による深部の循環改善、入浴や温冷交代浴による浮腫の改善を目的に実施します。
関節可動域訓練
手関節背屈制限の予防および改善を目的に、ROM運動は効果的に取り入れていく必要があります。
また、手関節背屈位での母指伸展運動を実施することで、正中神経の神経滑走運動を促すことができ、癒着などの予防にも有用です。