肩関節前方脱臼が起こるメカニズム
肩は多軸に大きく動く関節。最終可動域以外では靭帯の寄与が小さく、次の仕組みで安定しています。
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関節面どうしの吸着・陰圧
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関節窩+関節唇の“おわん”形状
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**腱板(特に肩甲下筋・棘上/下筋・小円筋)**の牽引
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肩甲胸郭関節の協調運動
外転・外旋・水平伸展(いわゆるABER位)では、前下方を守る**下関節上腕靱帯(IGHL 前帯)が最後の砦。
限界を超えると肩関節が前方脱臼し、関節唇—関節窩付着部の損傷(Bankart損傷)**を起こし、修復されないままだと脱臼を繰り返します。
手術が必要になりやすいケース
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脱臼後に再発し日常生活やスポーツに支障(自然治癒は約1割と少なめ)
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不安定感・抜けそう感、投球やコンタクトでの反復性エピソード
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画像でBankart損傷や前方骨欠損が明確
手術オプション(考え方と概要)
1) 関節鏡視下Bankart修復術(第一選択)
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後方ポータルで鏡視し、前方から器具を入れて縫合アンカー3–4本で関節唇と前下方関節包を元の位置に縫合・緊縮。
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競技性が高い/全体に弛緩が強い場合は関節包縫縮を追加。
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利点:解剖学的・侵襲が小さい・肩甲下筋腱を切らない。
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再脱臼率:概ね5%前後の良好な成績が報告。
出典:整形外科 術後理学療法プログラム
2) ラタジェ(Latarjet)法
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前方骨欠損が大きい・反復性が強い症例に。
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烏口突起を骨片として移行しスクリュー固定。
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同時に上腕二頭筋短頭+烏口腕筋の共同腱が“前方の動的スリング”となり、外転外旋位での安定性を高めます。
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高齢・骨粗鬆例では固定性に配慮して後療法を慎重に。
出典:整形外科 術後理学療法プログラム
Bristow・Boytchev・Oudard 変法などもありますが、基本は①Bankartを直すか②骨欠損を補うかの二本柱です。
術後リハビリの原則
**「修復部をゆるめない」**が最重要。前方組織(関節包・肩甲下筋・大胸筋・上腕二頭筋長頭)へ過負荷をかけない配慮を徹底します。
フェーズ別の目安
| フェーズ | 期間 | ねらい / できること(代表例) | 注意点 |
|---|---|---|---|
| 固定期 | 術後〜3週 | 三角巾固定。肘・前腕・手のROM、握力、肩甲胸郭の軽い運動。日常は保冷・痛み管理。 | 肩関節の積極的な他動運動はしない。ランニング等も不可。 |
| 固定除去期 | 4〜6週 | コッドマン体操で後下方包の柔軟性確保。机上で肘を支点に無負荷の内外旋。肩甲骨リズムの再学習。 | 外旋は**〜15°程度**、水平伸展は禁止。前方へのストレッチは避ける。目標:挙上120°・外旋15°。 |
| 機能回復期 | 6週〜 | 三角巾終了。TheraBand等で腱板・肩甲帯安定化トレ(角度は低位→肩甲面で漸増)。固有感覚練習。 | 痛み/不安定感が出る方向(外転外旋・水平伸展)は段階的。 |
| スポーツ復帰 | 3〜6か月 | 競技特異的ドリル、投球フォーム修正。コンタクトは装具併用で主治医許可後。 | 無理な可動域獲得より安定化>可動化の順序を守る。 |
参考:縫合部が生体強度を持つには3–4か月、メカノレセプター機能の回復はさらに時間を要すると考えられています。
自宅での注意(NG例)
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肩を後ろへ大きく引く・外転外旋でのストレッチ
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うつ伏せで手を後方に回して寝る
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早期の腕立て伏せや懸垂・投球の再開
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痛み止めで痛覚が鈍い時の無理なリハ
よくある質問(Q&A)
Q1. BankartとLatarjet、どっちが良い?
A. 骨欠損が小さい→Bankart修復、骨欠損が大きい/反復性が強い→Latarjetが基本方針。医師が画像(3D-CT等)で評価し決めます。
Q2. 三角巾はいつ外せますか?
A. 目安は3〜4週。外した後もしばらくは前方ストレス肢位(外転外旋・水平伸展)は避けます。
Q3. 外旋のリハはいつから?
A. 〜6週は15°目安にとどめ、以降ゆっくり拡大。オーバーストレッチは再発の原因になります。
Q4. スポーツ復帰の時期は?
A. ジョギングは8週目安。球技・ウエイトは3か月以降で段階的、コンタクトは主治医許可+装具を。
Q5. 再脱臼はどれくらい起きますか?
A. 適切な適応とリハを守ればおおむね5%前後。ただし年齢・競技・骨欠損などで上下します。
Q6. 可動域が心配。固まらない?
A. まずは安定化が最優先。必要なROMはフェーズに合わせて回復します。痛みや引っ掛かりが続く場合は早めにチームへ相談を。
Q7. 家でできる安全な運動は?
A. コッドマン体操、肘〜手のROM、握力・橈尺屈運動、肩甲骨の軽い内外転・挙上下制、下肢・体幹の有酸素(ウォーキング)など。
30秒まとめ
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前方不安定の主病変はBankart損傷。
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Bankart修復が基本、骨欠損が大きいならLatarjet。
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リハは前方ストレスを避ける→安定化→機能復帰の順。
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早すぎるストレッチと外転外旋は禁物。

