肩関節脱臼のリハビリ治療について解説していきます。
この記事の目次はコチラ
肩関節脱臼の概要
肩関節は全ての関節の中で最も自由度の高い可動域を誇りますが、その代償として最も脱臼しやすい関節となっています。
全関節脱臼の50-85%が肩関節の脱臼であり、肩関節脱臼の95%以上は前方への脱臼を呈しています。
受傷機転としては、転倒などの外力によって肩関節が外転・外旋・水平伸展を強制された際に骨頭が前方へ脱臼することになります。
肩関節脱臼はスポーツでの外傷発生が非常に多く、①ラグビー、②柔道、③レスリングなどに好発します。
なぜ前方に脱臼しやすいのか
前方に脱臼しやすい理由としては、肩関節は屈曲よりも伸展のほうが、水平屈曲よりも水平伸展のほうが可動域が狭いことが挙げられます。
肩関節は伸展・水平伸展・外旋の動きで骨頭が前方に偏位しますが、その動きを制動しきれなかった場合に前方へ外れます。
通常の関節では、脱臼しないように骨同士がぶつかって動きが止まりますが、それが肩の場合は自由度を高めるために骨による制動がありません。
その弱点を補うために静的安定化機構と動的安定化機構が存在しており、これらに問題が生じている場合も脱臼しやすくなります。
静的安定化機構と動的安定化機構
肩関節は静的・動的の2つの安定化機構によって、不安定性を補いながら骨頭を一定の方向に制動しています。
以下の表にて、その具体的な機構について解説します。
1.静的安定化機構 | |
関節包 | 関節を包んでいる膜。関節上腕靱帯は関節包が部分的に肥厚したもの |
関節唇 | 関節窩の周囲を取り巻く線維軟骨性のリング。関節窩の深さの50%は関節唇が担っている |
関節窩の傾斜 | 関節窩は垂線に対して約5度上方へ傾斜しており、靱帯と共同で骨頭の下方変位を制動する |
関節腔の内圧 | 関節腔の内圧は陰圧であり、これが骨頭と関節窩の間の吸引力として働く |
2.動的安定化機構 | |
腱板構成筋 | 腱板は上腕骨頭を覆うように囲んでおり、骨頭を関節窩に安定させるように働く |
その他の筋 | 三角筋は各方向に、上腕二頭筋長頭は外転・外旋位での前方安定性に寄与する |
腱板を構成する筋肉は、①棘上筋、②棘下筋、③小円筋、④肩甲下筋の四つになります。
下図を見ていただくとわかりやすいですが、これらの筋肉は上腕骨頭を囲むように付着しており、肩関節を安定化させるために貢献しています。
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腱板構成筋の深層では、関節包が上腕骨頭を包み込んでおり、さらに関節窩には関節上腕靭帯と上腕二頭筋長頭腱が骨頭を支持しています。
これらは関節唇に付着しており、しっかりと骨頭を引きつけられるように関節を安定化させています。
関節唇は関節窩の深さを高めることに貢献し、深さは縦で60%、横で120%も増加させます。
関節の不安定性が生じる理由
前述した安定化機構が破綻した場合に肩関節の不安定性は起きるのですが、より具体的には以下の3つが挙げられます。
正常な関節 | ①器質的な破綻 |
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②器質的な緩み | ③組織のアンバランス |
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肩関節の安定化機構に関わる組織が器質的な破綻や緩みを起こすと、肩関節が不安定になるということは容易に理解できるはずです。
しかし、組織のアンバランスが不安定性を生むというのは少し理解しにくいので補足説明していきます。
例えば、野球肩では後方の関節包が短縮しやすいのですが、その状態では投球時に上腕骨頭を内旋させるときに長さが足りなくなります。
そうすると、上腕骨頭は内旋ができずに前方に向かう力が働き、結果として、腱板疎部が損傷して肩関節の前方への不安定感が増します。
簡単にまとめると、関節包が硬いと骨頭は反対側にぶれてしまい、緩いほうへの負荷や不安定性が増加するわけです。
このことを頭に入れておくことで、アンバランスで脱臼不安感を持っている患者には効果的な治療を行うことができます。
肩関節が再脱臼しやすい理由
脱臼した骨頭を元の位置に整復したら元通りになるわけではなく、実はほとんどの患者には関節唇の剥離が起こっています。
とくに剥離しやすいのが下関節上腕靭帯(前方)の部分で、初回前方脱臼患者の97%に損傷が認められたとの報告もあります。
このことを報告した人物の名前をとって「Bankart損傷」と呼びます。
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上記でも述べましたが、肩関節は骨性支持に乏しいため、骨頭を固定するための安定化機構が破綻しやすい状況にあります。
一度でも脱臼してバンカート損傷を起こしていると、関節唇は剥離したままなので再脱臼のリスクが非常に高まります。
反復性脱臼への移行率は、20歳以下で66〜100%、20〜40歳で13〜63%、40歳以上で0〜16%と報告されています。
肩関節脱臼の整復方法
肩関節脱臼の代表的な整復方法として、ゼロポジション挙上法とスティムソン法の2つがあります。
ゼロポジション挙上法では、一人が患者の上腕骨頭を固定し、もう一人が腕を上方に引っ張り上げます。
伸張した状態で保持していると、徐々に肩関節周囲の筋肉が緩んでいき、自然整復されていきます。
スティムソン法では、患者にベッドで腹臥位となってもらい、患側上肢をベッド下に垂らしてもらいます。
肘上あたりに重錘を巻き付けて、こちらも伸張した状態で保持していると、徐々に肩関節周囲の筋肉が緩んでいき、自然整復されていきます。
脱臼の合併症
1.旧性脱臼
旧性脱臼とは、脱臼が整復されずに放置されたものです。関節包の損傷部は瘢痕化し、逸脱した関節端と癒着します。
さらに関節周囲の筋群も線維化し、その機能を失うことになります。治療には、観血的整復術が必要となります。
2.反復性脱臼
反復性脱臼とは、外傷脱臼を契機に比較的軽度の外力や関節運動によって、当該関節が繰り返し脱臼するようになった状態をいいます。
肩関節に高頻度に発生し、多くの場合は初回脱臼時に損傷された上腕骨頭、関節窩、関節唇が修復されずに陳旧化していることが原因となります。
3.神経麻痺
前方脱臼では、脱臼方向に腋窩動静脈や腕神経叢が存在し、脱臼位の骨頭によって強い圧迫や伸展を受けます。
速やかな整復によって神経や血管の圧迫、伸展は除去されますが、神経麻痺は約50%と高確率に発生します。
麻痺は高齢者に生じやすく、特に腋窩神経麻痺が多いです。
内旋固定と外旋固定
受傷後の保存療法に関して、従来の内旋位固定(三角巾)では再脱臼率を減少させるという報告は少ないのが現状です。
近年では、剥離部を圧着できる下垂位外旋固定により再脱臼率が減少したとの報告もあり、外旋位固定に注目が集まっています。
肩関節外旋位では、骨頭を関節窩に押し付けた肢位のため、損傷した関節唇などの治癒を促す効果があると考えられています。
報告によると、バンカート病変の治癒率は内旋固定で20.8%、装具による外旋固定で65.2%とされています。
また、24か月後にスポーツ復帰できたのは外旋固定で83.8%でしたが、内旋固定ではわずか31.5%です。
バンカート修復術について
不安定性の残存によりスポーツ動作等に支障をきたす場合は、バンカート病変を再接着させる手術が最も効果的とされています。
手術では後方ポータルから関節内を鏡視し、前方に作成した2ヶ所のポータルから手術器具を挿入して剥離部を修復していきます。
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スーチャー・アンカーを3〜4本ほど関節窩辺縁に打ち込んで固定し、アンカーと一体化している縫合糸を用いて、剥離した靱帯に緊張を持たせて縫合固定していきます。
縫合部が本来の強度を有するまでには3〜4ヶ月を要し、元の競技レベルに復帰するためにはさらに3〜6ヶ月程度かかります。
また、弛緩した関節包の緊張を元に戻す手術や脱臼方向に関節外から補強を加えるような手術が実施される場合もあります。
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リハビリテーション
文献等より考慮すると、脱臼後に損傷した関節包が治癒する期間(約3週)は下垂位外旋固定装具を装着して安静を保ちます。
その後、動的安定機構を司る周囲筋の強化を集中的に実施することが望ましいと報告されています。
具体的には、上腕骨頭の前方偏位を防ぐために、肩甲下筋の筋力強化と後方関節包の柔軟性改善が治療の第一選択になります。
しかし、エビデンスのある脱臼に対する治療法は乏しいのが現状であり、ケースに合わせて対処することが求められます。
バンカート修復術後の流れ
期間 | 内容 |
0-4週 | 振り子運動、自動運動 |
4-6週 | スリング除去、背臥位で肩屈曲140度・外旋45度まで(自動・他動) |
6-12週 | 段階的にROM拡大、筋力強化は肩関節90度以下で実施 |
12週以降 | 積極的な筋トレを許可 |
6か月後 | スポーツ復帰 |
反復性肩関節脱臼のほとんどは特定の肢位で不安定性を訴えるため、体幹や肩甲胸郭関節の機能を向上させて肩甲上腕関節にかかる負担を吸収させます。
肩甲胸郭関節の機能は姿勢からの影響を強く受けるため、下肢や体幹の機能改善も間接的に肩関節の安定性を向上させます。
腱板トレーニングの方法
1.肩関節内旋(肩甲下筋) |
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【方法】座位にて肘関節を90度屈曲位にし、柱に巻きつけたゴムバンドの端を手に掴み、肩関節を内旋させていきます。 |
肩甲帯固定訓練の方法
1.ボールを壁に押しつける |
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【方法】上肢で壁にゴムボールを押しつけて、上下左右に動かしていきます。 |
2.四つ這いで肩甲骨を操作する |
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【歩法】四つ這いにて肘関節を伸展させ、体重を上肢に乗せながら身体を前後左右に動かしていきます。 |
生活指導(禁忌姿勢)
術後3ヵ月間までは、肩甲骨の線よりも後ろで手を使う動作は禁忌になります。
具体的には、手を後ろについて体を支えたり、ブラジャーのホックを付ける動作などを控えるべきです。
以下に日常生活でとりがちな姿勢を掲載しておきますので、十分に注意してください。
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引用画像:日本整形外科学会