投球障害肘/野球肘のリハビリ治療

野球肘のリハビリ治療について解説していきます。

野球肘の概要

過度な投球や不十分な身体機能、肘関節に負担のかかる投球フォームなど、投球に関わる様々な要因により惹起される肘関節障害の総称です。

好発年齢は10〜16歳(ピークは13歳)であり、そのほとんどは野球の投手または捕手であることから野球肘または投球障害肘と呼ばれます。

障害が発生する部位によって、①内側型、②外側型、③後方型の三つに分類されます。

診断フローチャート

野球肘のフローチャート

野球肘の種類

1.内側型投球障害肘

内側型障害では、肘関節内側側副靭帯(肘MCL)損傷や上腕骨内側上顆炎(上腕骨内側上顆に付着する筋肉の起始部の炎症)が主な原因になります。

肘関節|前面|靱帯

内側上顆に付着する筋肉は、①円回内筋、②橈側手根屈筋、③深指屈筋、④尺側手根屈筋、⑤浅指屈筋の五つがあります。

これらの筋肉に炎症が起こった場合、手関節の底屈や手指の屈曲動作時に痛みを発することになります。

上腕骨内側上顆に付着する筋肉

投球時はアクセルレーション(加速期)において、肩関節は水平外転位から急激な水平内転および内旋運動が起きます。

その際に、ボールと肩関節の中間に位置する肘関節には強い外反力が生じることになります。

そうした反復的な機械的刺激によって、肘MCLや内側上顆に付着する筋肉が損傷します。

投球動作

引用画像(1)

内側型野球肘を起こしやすいフォームとして、①肘が下がっている、②上体が浮き上って横に倒れている、③リリース時に肘が前に出ているなどがあります。

損傷が筋肉にある場合は1-3週間、骨・軟骨の場合は1ヶ月、靱帯の場合は1.5ヶ月ほどの安静期間が必要となり、完全復帰までにはその倍の期間を要します。

2.外側型投球障害肘

投球時の加速期において、外側では腕橈関節に対して圧迫力が加わり、上腕骨小頭への繰り返しの機械的刺激によって損傷が起こることで発生します。

肘関節は、①腕尺関節、②腕橈関節、③上橈尺関節の三つで構成されていますが、腕橈関節は上腕骨小頭と橈骨頭窩より成り立っています。

肘関節|前面②

腕橈関節における繰り返しの圧迫刺激は、上腕骨頭の軟骨下骨および関節軟骨が壊死させ、上腕骨小頭離断性骨軟骨炎を引き起こします。

肘関節|前面③

単純X線写真においては、上腕骨小頭の外側部が削れているのが見てわかります。

上腕骨小頭離断性骨軟骨炎

引用画像(2)

離断性骨軟骨炎は治癒までに3-6ヶ月を要し、成長線が閉じている場合は自然治癒が期待できずに手術が必要となります。

外側型野球肘を起こしやすいフォームとして、リリース手前で肘が外側に引っ張られる動きで発生します。

3.後方型投球障害肘(衝突型)

ボールリリース時に、上肢の動きが急激に減速されて、肘関節に強い伸展力が加わることで、肘頭と肘頭窩(上腕骨滑車)に衝撃が生じることで起こります。

肘関節|後面

症状が進行していくと、肘頭疲労骨折(骨端線離開)や肘頭窩遊離体(関節包内に関節構成体とつながりを持たない骨や軟骨(関節鼠)が存在する)などが発生します。

疲労骨折を起こしている場合は治癒までに3ヶ月以上を要することになりますので、痛みを感じるようなら安静期間をとることが必要です。

4.後方型投球障害肘(牽引型)

牽引型では、リリース時に上腕三頭筋に過剰な力が入ることが発生し、初期には肘の裏側で張りを感じる程度の場合が多いです。

無理をして投げ続けると、上腕三頭筋に肘頭が引っ張られて骨端線が離開します。通常、成長線は17歳で閉じますが、離開すると閉じなくなるので手術が必要となります。

危険なフォームとして、投球時に骨盤の回転が早くに止まってしまい、いわゆる「手投げ」の状態になっている姿勢は危険です。

野球肘のチェックポイント

肘関節のアライメントは男性で約10度、女性で約15度の肘角(carrying angle)と呼ばれる外反角が存在します。

肘MCL損傷では、肘角の増加とともに、肘軽度屈曲位で他動的に肘関節を外反すると外反動揺や内側部に疼痛が出現します。

外反肘 内反肘
外反肘 内反肘

また、肩関節の外旋動作が制限されている場合、投球動作の加速期で肘関節への外反ストレスを増加させることにもなるので、肩関節の柔軟性をチェックすることも大切です。

後方型障害の場合、疼痛と共に肘関節の伸展制限が認められることが多いので、左右を比較して確認していきます。

成長期の野球肘と内側上顆裂離

骨端線が残存している成長期の野球肘では、非常に高い割合で内側上顆裂離を呈した例が存在していることがわかっています。

内側上顆裂離の治療には、約 4-5ヵ月間の投球禁止および保存的治療が必要となります。

予後として、保存療法にて約85%が治癒し、野球復帰が可能としています。

関節鼠について

関節腔内に遊離した軟骨や骨性組織の総称を関節鼠と呼ばれ、名前の由来は関節腔内をネズミのように動き回るためです。

関節鼠の原因となる疾患には、離断性骨軟骨炎、変形性関節症、骨軟骨骨折などがあります。

関節面に挟まり込むと、激痛とともに関節運動が不能となることがあり、その状態を嵌頓症状といいます。

損傷している状態で投げ続けると痛みが出る

投球動作では、肘関節に外反負荷がかかり、この動作を繰り返すことによって肘MCL(とくに前斜走線維束の後方部分)が損傷し、肘関節に痛みと不安感が出現します。

肘MCLが損傷されている場合は、肘関節の外反ストレステストが陽性となります。とくに70度屈曲位での外反動揺が著明です。

側方動揺性を制御できない状態で投球を継続すると、腕橈関節の関節面に強い圧縮とせん断負荷が加わり、離断性骨軟骨炎を併発します。

無理を続けると骨はスカスカになって二度と治らない

離断性骨軟骨炎では、関節内で関節遊離体がひっかかり、痛みや運動障害を発症する場合があります。

重度になると骨が軽石のようにスカスカになって脆くなり、痛みと運動障害が発生して日常生活にも支障をきたすようになります。

関節の変形が起こってしまったら自然治癒することはまず不可能となり、野球をすること自体ができなくなる場合もあります。

症状の特徴として、多少の痛みはあってもボールを投げることはでき、バッティングには大きな問題がない場合が多いです。

その他の疾患について

時々、手指の痺れにより投球障害を訴えるケースがありますが、その多くは前腕から手部の尺側に感覚障害が発生しています。

その原因として、胸郭出口症候群や肘部管症候群の場合が多く、進行すると手指の筋力低下や小指球筋の萎縮が出現します。

野球肘では基本的に神経症状は発生しませんので、神経に障害が認められる場合は確実に原因を鑑別できるようにしてください。

手術療法

痛みを我慢して投球を続けていると、最悪の場合は手術が必要になるケースもあります。

手術では、骨に穴をあける方法、骨を釘のようにして移植する方法、肋軟骨や膝の軟骨を移植する方法などがあります。

とくに有名なのは、損傷した肘の靱帯を切除し、正常な腱を移植することにより患部の修復を図る「トミー・ジョン手術」です。

トミージョン手術

引用画像(3)

この方法が提案された当初は、成功率1%未満といわれていましたが、現在では手術後に完全復活する割合は約90%と言われています。

さらには術後に3-6km/hほど球速が上がったケースもあるほどです。

リハビリテーション

上記でも述べましたが、野球肘のほとんどは肘MCL損傷や腕橈関節の離断性骨軟骨炎が生じており、外反負荷を制動する組織が破綻しています。

そのため、運動療法では生活指導による安静指示と、筋力強化による関節不安定性の軽減が必要不可欠となります。

野球肘の治療で、最も必要なことは患部の安静です。具体的には投球動作を控える、または投球制限をすることです。

しかし、ほとんどの場合は投手という大事なポジションであり、練習を休めないといった発言を聞くことも多いです。

年齢も若い男の子が多く、多少の痛みがあっても無理をして練習を続ける場合も少なくありません。

そのため、治療者は患者だけでなく親にもしっかりと状態を説明し、治るまでは安静にすることの重要性を伝えることが必要となります。

筋肉へのアプローチ

内側側副靭帯への負担を軽減するためには、上腕骨内側上顆から起始する筋群(①円回内筋、②橈側手根屈筋、③深指屈筋、④尺側手根屈筋、⑤浅指屈筋)の強化が必要です。

しかし、野球肘の発生初期には内側上顆炎を呈している場合も多く、筋収縮によって痛みを伴う場合も少なくありません。

そのため、患部のアイシングにて炎症の早期鎮静化をはかり、痛みが落ち着いてから徐々に筋力トレーニングを開始していきます。

上腕骨内側上顆に付着する筋肉

筋力トレーニングの方法

①手の平を上に向けてバーベルなどの重りを持ち、肘を固定し肘関節を曲げ伸ばしします。
長掌筋,筋力トレーニング,方法,ダンベル
②手の平を上に向けてバーベルなどの重りを持ち、手関節を掌屈させます。
長掌筋,筋トレ,方法
③立位にて上肢を伸展した状態でダンベルを握ります。肘関節は伸展した状態で、手首を橈屈・掌屈させていきます。
橈側手根屈筋,筋力トレーニング,方法,ダンベル,足関節橈屈

ストレッチングの方法

①四つ這いになり、両手の指先を後方に向け、上体をゆっくり後方に引きます。前腕を最大回外位にすることで、より効果的に伸張していきます。
円回内筋,ストレッチ,方法
②ストレッチ側の手を肘伸展位、前腕回外位、手背屈位として、もう片方の手を手指MP関節に置いてさらに手関節および手指を背屈させていきます。
長掌筋,ストレッチ,方法,手関節背屈
③片手で棒を持ち、もう片方の手で前腕を支えます。棒の重さを利用して、前腕を回外させます。
手関節,回内筋,ストレッチ,方法

引用画像/参考資料

  1. http://www.cis.kit.ac.jp/~kida/2010/tokuron/01-79.pdf
  2. 札幌スポーツクリニック
  3. http://tanakamasanori.seesaa.net/article/401567344.html

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The Author

中尾 浩之

中尾 浩之

1986年生まれの長崎県出身及び在住。理学療法士でブロガー。現在は整形外科クリニックで働いています。詳細はコチラ
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