筋萎縮性側索硬化症のリハビリ治療

筋委縮性側索硬化症のリハビリ治療に関する目次は以下になります。

筋萎縮性側索硬化症の概要

筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis:ALS)は、重篤な筋肉の萎縮と筋力低下をきたす神経変性疾患で、運動ニューロン病の一種です。

極めて進行が速く、発症から死亡もしくは侵襲的換気が必要となるまでの期間の中央値は、20-48カ月です。治癒のための有効な治療法は現在もまだ確立されていません。

日本における発症率

日本における発症率は、年間で10万人に1-2人、有病率は10万人に2-7人程度と推計されています。遺伝性の割合は5-10%であり、大部分は孤発性となります。

最大のリスクは年齢であり、60歳代から70歳代で最も発症率が高くなります。日本では、紀伊半島に多発地域があります。性別では、男性が1.4倍ほど発症率が高くなります。

生化学的診断マーカーは存在しないことから、臨床所見(上位・下位運動ニューロン障害、進行性の経過、除外診断)と補助検査(電気生理学的検査、神経画像)を統合して診断します。

病態生理と臨床所見

脊髄及び脳幹の運動ニューロンに著しい減少がみられ、脊髄前角細胞は委縮・消失します。また、細胞内にはプニナ小体という封入体が認められます。

ALSでは運動神経のみが障害されるため、感覚神経や自律神経は障害を受けません。上肢遠位筋(片側)の筋力低下から始まるケースが多いです。

進行に伴い、上肢の機能障害➡歩行障害➡構音・嚥下障害(球麻痺)➡呼吸障害(肋間筋や横隔膜の麻痺)が出現していきます。

12対の脳神経では、延髄に運動神経核を持つ①舌咽神経、②迷走神経、③舌下神経が障害されます。(運動域の障害球麻痺)

筋萎縮性側索硬化症の発生機序

ALSの重症度分類

ALS重症度分類 病期
1度 筋の萎縮をみるが、日常生活にまったく問題がない ADL自立期
2度 精巧な動作のみができない
3度 介助を要さず自力でなんとか運動や日常生活ができる
4度 介助すれば日常生活がかなりよくできる ADL一部介助期
5度 介助しても日常生活に大きな支障がある
6度 寝たきりの状態であり、自分では何もできない ADL全介助期
7度 経管栄養または呼吸管理を要する

薬物治療について

現時点では、リルゾール内服のみが推奨されており、生存期間を2-3カ月延命するとされています。

リルゾールでは、主にグルタミン酸による興奮毒性を抑制することで神経細胞保護作用を発現すると考えられています。

今後は再生医療による治癒の可能性も期待されていますが、現時点では海外での実験的細胞移植治療により悪化した例もあり、推奨される方法は確立されていません。

臨床症状

運動麻痺

中枢神経の障害では、腱反射の亢進を伴った痙性麻痺が出現します。

末梢神経の障害では、腱反射の減弱を伴った運動麻痺が出現します。どちらも経過に伴って、筋力低下や拘縮を併発するようになります。

呼吸筋に麻痺が出現した場合は、胸郭の可動性低下に伴い、拘束性換気障害が出現します。そのため、末期では人工呼吸器の使用が必要となります。

嚥下障害・構音障害

延髄の球麻痺では、①舌咽神経、②迷走神経、③舌下神経の支配筋が麻痺することで嚥下障害や構音障害が出現します。それぞれの嚥下や発語に関わる支配筋は以下になります。

舌咽神経(Ⅸ) 茎突咽頭筋、耳管咽頭筋
迷走神経(Ⅹ) 軟口蓋、咽頭、喉頭のほとんどの筋群を支配
舌下神経(Ⅻ) 舌筋(内舌筋,外舌筋)

進行例では、嚥下障害による栄養管理の問題、誤嚥性肺炎や窒息死のリスク、構音障害によるコミュニケーション障害への対応が必要となります。

疼痛

症状の進行に伴い、自発的な動きが徐々に制限されていって不動化していきます。

それにより、骨や関節、皮膚などに持続的な圧がかかるため疼痛の訴えが強くなる傾向にあります。また、運動神経障害による痙攣や痙縮による疼痛も出現します。

リハビリテーション

筋萎縮性側索硬化症は発症早期から、関節拘縮や筋短縮による苦痛、廃用性筋力低下、ADL低下の予防のため、介入部位及び時期を見極めてのリハビリを行う必要があります。

初期は筋力低下を予防するために中等度の抵抗で筋力強化を実施し、MMTが3以下になってからは拘縮および疼痛予防のためにストレッチ及びROMexを中心に実施していきます。

時期別にみた理学療法

1.ADL自立期(重症度1-3)

方法 内容
運動療法 筋力維持トレーニング、軽度の持久力運動、歩行練習
装具療法 短下肢装具
生活指導 職業や社会的役割の援助

2.ADL一部介助期(重症度4,5)

方法 内容
運動療法 代償動作によるADL練習、呼吸理学療法、廃用予防
生活指導 自助具の利用、家庭環境の整備

3.ADL全介助期(重症度6,7)

方法 内容
運動療法 呼吸理学療法、関節可動域運動
生活指導 残存機能の活用、車椅子での外出、心理的サポート

運動療法のエビデンス

グレードA(十分な科学的根拠がある)

  • 特になし

グレードB(科学的根拠がある)

  • 特になし

グレードC(科学的に言い切れる根拠はない)

  • ストレッチ・ROM維持訓練は全病期を通じて有効
  • 軽度-中等度の筋力低下の筋に対しては、適度の筋力増強訓練も一時的には有効である可能性がある
  • 過剰な運動負荷は、筋力低下を悪化させる可能性がある
  • 筋疲労を起こさない程度の口腔周囲筋・舌筋の運動療法、顎関節ROM維持はQOLの向上に有用である可能性がある

具体的なアプローチ方法

筋力強化トレーニングの負荷

ALSへの筋力強化では、負荷が過剰になるとかえって筋力低下を進行させてしまうケースもあります。(過用性筋力低下)

そのため、最大筋力の30-40%の範囲で負荷は調節し、疲労感が残らないように注意しながら実施していくことが大切です。

疼痛コントロール

筋萎縮性側索硬化症の40-73%が痛みを発症しますが、痛みはQOLを大幅に低下させるため、これをコントロールすることは非常に重要です。

痛みの要因としては、①有痛性筋痙攣、②痙縮、③拘縮、④不動や圧迫、⑤精神的要因などが考えられるため、要因に応じて必要な治療を提供していく必要があります。

装具療法

ALS患者の治療で、運動療法と同様に大切なのが補助具の選定です。

作業療法士が導入した補助具の使用頻度調査では、上位から装着式上肢装具、対話用装置、摂食用具、非装着式上肢装具、頸椎装具、ホームコール、コンピュータの順でした。

福祉用具については、トイレ手すり、昇降便座、シャワーシート、シャワー手すり、スリップオンシューズ、歩行用足関節装具、トランスファーボードの順に使用頻度が高いです。

筋萎縮性側索硬化症は進行が速いため、使用できる期間、供給までの時間差などに留意して細かな調整が必要となります。

ALS患者がセラピストを訴えた事例(参考URLはコチラ

理学療法士や作業療法士なら是非とも知っておいてほしい訴訟ですが、2014年12月にALS患者からセラピストが訴えられた裁判があります。

内容として、ALS患者には過度なトレーニングは禁忌にも関わらず、筋肉に過度な負荷をかける運動をさせたことで筋力低下が著しく進行したと原告(患者)から訴えられました。

まだ裁判中なので結果がどうなるかはわかりませんが、医者だけではなく、今後は私たちのようなリハビリ職でも医療訴訟の対象となっていく可能性を示唆しています。

明日は我が身とならないためにも、正しい知識をもって、根拠のある治療を積み重ねていくことが大切です。

参考資料/引用画像


他の記事も読んでみる

The Author

中尾 浩之

中尾 浩之

1986年生まれの長崎県出身及び在住。理学療法士でブロガー。現在は整形外科クリニックで働いています。詳細はコチラ
rehatora.net © 2016 Frontier Theme