投球障害肩/野球肩のリハビリ治療に関する目次は以下になります。
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野球肩の概要
野球肩とは、投球動作によって引き起こされる「腱板損傷」「上腕二頭筋長頭腱炎」「肩関節唇損傷」などの肩関節障害の総称です。
好発年齢は10-16歳(ピークは15歳)であり、そのほとんどは投手であることから「野球肩」又は「投球障害肩」と呼ばれます。
野球肩は、主に過使用(オーバーユース)が発症要因ですが、フォームの破綻や技術不足によって肩に大きな負担をかけてしまう誤使用(マルユース)も発症要因となります。
投球フォームの用語解説
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時期 | 特徴 |
ワインドアップ | 脚を上げてグローブからボールが離れるまでの運動エネルギーを軸足にため込む時期 |
前期コッキング | 前足が接地する前まで。肘が最も後ろに引かれた状態(肩関節の最大水平外転位) |
後期コッキング | 前足が接地した後まで。手が最も後ろに引かれた状態(肩関節の最大外旋位) |
加速期 | ボールが手から離れるまで。外旋位から内旋位へ急激に動くため肩や肘の負担が最も大きく痛めやすい時期 |
減速期 | ボールが離れてから徐々に腕の振りが減速していく時期 |
フォロースルー | 投球動作終了までの時期で肩後方の筋肉や靭帯が引き伸ばされる |
診断フローチャート
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野球肩の治療と聞くと、投球動作分析をして「後期コッキング期に肘が下がってる」「身体の開きが早い」などとアドバイスをするのが格好いいです。
しかし、スポーツ専門でやっていない限りは、野球をしたこともない素人が的確なアドバイスをすることは難しいです。
そのため、ここでは野球肩を難しく考えずに、あくまで各々の障害に対するアプローチ方法として解説していきます。
腱板損傷:インピンジメント症候群①
詳細は、肩腱板断裂のリハビリ治療の記事をご参照ください。
野球による損傷例
野球肩において、最も原因頻度が高いのが腱板損傷(とくに棘上筋腱の損傷)になります。
損傷の度合いによって治癒期間は前後しますが、通常は疼痛改善に1ヶ月、腱板強化に2ヶ月、スポーツ復帰まではさらに3ヶ月程度とされています。
安静を無視して野球を続けた場合、腱板の損傷や断裂が拡大し、最悪の場合はスポーツ復帰が困難となります。
そのため、初期の安静指示がきわめて重要であり、損傷している腱への負担を最小限にとどめることが大切です。
コッキング時に両肩のラインより後ろに肘がある場合、肩甲骨と上腕骨の間に腱板が挟まれて圧迫を受けることになります。
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発生しやすいフォームの特徴
肩甲骨周囲の筋肉が硬い場合、胸を張らずに肩だけで投げてしまうことになり、投球時に肩峰下でインピンジメントが起こります。
具体的には、トップポジションでの体幹の回旋、胸椎の伸展、肩甲骨の内転運動などが不足すると、肘が肩甲平面より大きく後方へ引かれます
肩甲骨の内転を阻害する因子は、僧帽筋上部線維と小胸筋の伸張性低下、僧帽筋中部線維と菱形筋の筋力低下が影響します。
とくに小胸筋の硬さは肩甲骨の上方回旋を阻害する因子にもなるため、普段から十分にストレッチングしておく必要があります。
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また、下方関節包に拘縮が存在していると上腕骨を外転させていく途中で下方関節包が突っ張り、上腕骨頭が下方に潜り込めません。
潜り込めなかった上腕骨頭は肩峰に衝突し、その間を通過する肩峰下滑液包や腱板を挟み込んで損傷させます。
そのため、下方関節包の拘縮は十分に改善させておくことが重要で、方法としては挙上位から骨頭を下方に押し込むようにして伸ばします。
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コッキング時に両肩のライン上より後方に腕があると、肩峰周辺のインピンジメントがより反映されます。
反対に、両肩のライン上より前方に腕があると、烏口突起周辺のインピンジメントがより反映されます。
これらのことを理解しておき、どの方向で強い痛みが生じるかを確認しておくことで最適なフォームを指導することができます。
肩峰下滑液包炎:インピンジメント症候群②
詳細は、肩峰下滑液包炎のリハビリ治療の記事をご参照ください。
野球による損傷例
肩峰下滑液包炎はインピンジメント障害のひとつで、棘上筋腱の損傷と同様に肩峰下で骨頭に挟み込まれることで起こります。
肩関節の外転90度は肩峰骨頭間が狭まりやすい角度であり、筋肉などの周囲組織に問題が生じているとさらに強く狭めます。
肩峰骨頭間の組織は主に2つで、棘上筋腱が損傷した場合を腱板炎といい、滑液包が損傷した場合を肩峰下滑液包炎といいます。
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発生しやすいフォームの特徴
発生しやすいフォームや治療方法については腱板損傷と同様なので、前述した部分を確認してください。
インピンジメントによる腱板炎と肩峰下滑液包炎を厳密に区別することは徒手検査のみでは困難ですが、とくに治療で区別する必要もありません。
上腕二頭筋長頭腱炎と関節唇損傷
詳細は、上腕二頭筋長頭腱炎のリハビリ治療の記事をご参照ください。
野球による損傷例
上腕二頭筋は肘関節屈曲と前腕回外の動きに関与する筋肉であり、長頭は肩関節屈曲に、短頭は肩関節水平内転にも貢献します。
長頭のみに炎症が起きやすい理由ですが、長頭腱は小転子の上を滑車のように角度をなして走行しているため、摩擦を受けやすくなっています。
野球による損傷例では、一般的に2〜3週間の安静で治癒しますが、棘上筋や肩甲下筋の機能不全を伴うと復帰まで長期に及ぶ場合もあります。
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上腕二頭筋長頭腱は結節間溝を越えて関節包内に進入し、肩甲骨の関節窩を覆っている関節唇の上方に付着します。
重度の症例では、上腕二頭筋長頭の伸張ストレスによって上方関節唇が剥離する場合があり、これをSLAP損傷(関節唇損傷)といいます。
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SLAP損傷が生じると、肩を動かそうとした際に「ガクッとなる」といった訴えや、「力が抜ける」といった感覚を訴えます。
これは関節唇が剥離することで骨頭の安定性が失われ、さらに関節腔の陰圧が低下して吸引力が弱まるために起こります。
SLAP損傷は保存治療による根本的な治癒の可能性は乏しいため、症状が持続する場合には手術適応となります。
まれに周囲の腱板構成筋を徹底的に鍛えることで代償できる場合もあり、保存的に復帰が可能となるケースもあります。
発生しやすいフォームの特徴
コッキング時に両肩のライン上より後ろに腕があると、上腕二頭筋長頭腱が伸張されて、上腕骨との摩擦ストレスが増加します。
その動作を繰り返すことにより、結節間溝部の周囲で上腕二頭筋長頭腱炎を引き起こします。
リリース時は上腕二頭筋長頭腱に対して急激な伸張ストレスが生じ、付着している関節唇にも引っ張られる力が働きます。
とくに身体が横に倒れることで肩関節に加わる牽引力が増加するため、SLAP損傷を起こすリスクが高まります。
SLAP損傷に対する修復術
鏡視下SLAP修復術では、後方ポータルから関節内を鏡視し、前方に作成した2カ所のポータルから手術器具を挿入して剥離部を修復します。
縫合部が本来の強度を有するまでには4カ月を要するとされており、元の競技レベルに復帰するまでにはさらに3〜6カ月かかります。
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棘下筋腱炎
リリース後は強く振った腕にブレーキをかけることになりますが、その際に棘下筋に大きな負荷がかかることになります。
その負荷が繰り返されることにより、棘下筋腱が損傷して炎症が生じることで発生します。
最初は練習後に肩後方に張りを感じる程度ですが、悪化すると投球時のリリースからフォロースルーにかけて肩後方に痛みを感じます。
発生しやすいフォームの特徴
いわゆる「手投げ」のフォームで発生しやすいです。
胸を張ってからリリースにかけて肘が先行してしまうと、肩甲骨が腕のブレーキに機能せず、棘下筋が過剰に収縮します。
肩自体に問題がない場合でも、前腕の回内や股関節の内旋・内転が制限されていると、肩関節の過剰な内旋運動で代償しています。
症状は安静とストレッチングで徐々に回復しますので、その後はフォームの修正を中心に実施していくことが大切です。
少年野球の注意点について
子供に野球などのスポーツをさせることは否定しませんが、同じ動作を繰り返すような練習メニューは避ける必要があります。
リトルリーガー(9〜12歳)が週100球以上の投球を行った場合、肩障害リスクは5倍に増えたそうです。
また、障害が出た子供の86%は、25歳以降で肩峰の不完全癒合が認められたとの報告もあります。
野球経験のない成人での発生はわずか4%であるため、この数値がどれだけ多いかがわかるかと思います。
おわりに:子供に運動を制限させる工夫
野球界のレジェンドであるイチロー選手ですが、高校時代は意外にも練習をサボってばかりいたそうです。
何故なら、彼は高校時代から「プロ」を見据えており、肩が消耗品であることを理解していたからです。
今から25年以上も前に、すでにイチロー選手は人体の構造などを理解していたことが伺えます。
無理をして野球を続けようとする子供には、このような有名選手の逸話を教えることによって説得することが効果的です。
また、保護者である親に対して、しっかりとリスクを説明することも運動を制限するためには重要となります。
子供たちの未来を壊さないようにするためにも、肩が消耗品であることを理解してもらえるように丁寧な指導を心がけてください。